初桜折しも今日はよき日なり

2008.03.31(Mon)





春爛漫。
花ざかり。


こんにちは。
気付けば今日で3月も終わりですか。
びっくりですね、早過ぎて。
つい昨日まで真冬だと思っていたのに、
日本各地のスカイブルーの空にはもう既に薄紅色や桜色の雪が
ひしめくように華やいでいます。
タイトルは松尾芭蕉の俳句から!!



うきうき。
桜を見て思わず喜んでしまう私は、れっきとした日本人なのですね。
ザ・日本人なワタクシは、この季節が大スキ。
目に映る景色というものは、その人の心を映し出す鏡だと言います。


今年の私は、桜をみるととても嬉しいです。
優しい気持ちになります。
ふわっと柔らかくて、ほのかに桜色に染まるそよ風のように、
そんな女性になりたいな、と思ってしまいます。





だんだん書いていて気色悪くなってきました。




2年前の日記では、桜を見てこんなおセンチなこと書いてました、私。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=115310583&owner_id=2332853
病んでるな~~~。
ますます気色悪いですね。私。
ええ、言ってやってください。
ただ一言「きしょい!」と。




その頃は桜を見ると『さくら横丁』の気分になった私が、
今年は滝廉太郎の『花』モード一色なあたしです★


写真

写真


http://www.ocarina.cc/musicdata/hana.mp3


春のうらゝの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る
ながめを何にたとふべき

見ずや あけぼの露浴びて
われにもの言ふ櫻木を
見ずや 夕ぐれ手をのべて
われさしまねく青柳を

錦おりなす長堤に
くるればのぼるおぼろ月
げに一刻も千金の
ながめを何にたとふべき







嗚呼。わけもわからず、嬉しいなぁ。楽しいなぁ。
ありがたい。


日本には宝物のような美しい景色や
それを表すための美しい言葉、美しい心、美しい歌が満ち溢れていますね(*^^*)
それを大切に出来る自分になりたい。




では、ここで2008年バージョンの私の桜のポエムをば。。。。



・・・と思ったが、やめた。
なんかそわそわした思いはあるんだけど、言葉にならないし。






ちなみにこれは桜ではないのですが、
ドイツ、オーストリアの春到来のときめきを歌った、
私の大好きな歌もあります(*^^*)
春が来ると必ず口ずさみたくなる素敵な歌です^^。
前奏がまるで、陽気な光に誘われて若草のうえをそよぐ風のよう^^
キラキラと輝いた春の世界に、心が躍るようです*^^*



写真


http://jp.youtube.com/watch?v=u_HRy3uZPrk&feature=related


作詞:ウーラント
訳詩:あたし。



甘やかなそよ風が目覚め、
昼も夜も吹き渡る
いつもどこにいても
新鮮な香りと、新たな響きが満ち溢れる

さぁ哀れな心よ
不安を捨てなさい!
全てが変わる!
全てはよくなるのだ!





世界は日ごとに美しくなり
これから何が起こるのだろう
はるか彼方に花は咲き続け、
遠く深い谷にもほら!咲いている

さあ、哀れな心よ、苦しみを忘れなさい!
全てが今変わる!
すべてはよくなるのだ。








・・・さて。3月の出来事といったらノロウィルスで苦しんでいたことしか
書き残していなかったので^^;自分用のメモ程度に簡単に記しておきます。


今日は遊び編。
演奏会もいくつか行ったけれど、それはまた次回の日記にとっておきます。



日付の近い順から。


まず3月30日。昨日。
マイミクのNANA子と名駅のタワーでランチ&カフェデート♪
久々に喋れて楽しかった。
だけど今月2回もコンサート会場などで会っているため、
きゃー久しぶりーーー!!感はなかったな★
どっちも5分も喋ってないけどね(笑)


まず、二人のファッションがあまりにも似すぎていてびびった。
色も形も重ね方も。。。。。まったくおんなじ。
別に打ち合わせしたわけじゃないよ^^;


JRセントラルタワーズ51Fのカフェからの眺めは素敵でした♪
写真

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いろーんな話をしまくったけれど、
そのなかのOne of themはNANA子の日記に
書いてあるので、割愛。
寝るときに川のせせらぎのCDをかけながら寝るというNANA子の
真似をいつかしてみたいと思います!!(笑)



先週の木曜日。

ハハとランチタイムコンサートに行った帰りに寄った
本山のオムライスやさん。
写真

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実に4年半ぶりに入ったお店。
あの頃しょっちゅうつるんでいた友達は元気か。
あのとき、たまごがふわふわでめっちゃ感激していた。
ハハに、当時からいつか連れてってあげると宣言していた。
あれから4年半。
念願叶ってこの日を迎えた。

うまかった。



その夜もBARに連れてってもらってオムレツ食った。
私のからだん中、コレステロール溜まりまくりだ。




先週の日曜日。
マイミクのkikiと久々に飲んだ。
だんだん酔っ払ってきて、理想の結婚相手や彼氏像を
紙に書き出すと願いが叶うらしいよという話になり、
お互いに書き出すことになった。

kikiの理想の相手。。。。
「ねこぜ」
「ねくら」。




・・・そこ??(笑)
いい女なのに、趣味を疑う。(笑)



そのあと、場所を変えて新栄にて2次会。2時半まで。
帰り、ほったらかしてごめんなさい。
栄にチャリが置きっぱーなkikiは、
こんな夜更け(しかも雨。)に歩いて栄まで行くと言って別れた。
私も若かりし頃は真夜中によく歩いたもんだ。
今池から名東区まで。だけど今はとても無理。

私はさっさとタクシーでご帰還。



・・・翌朝。
ニュースで
『昨夜、午前3時過ぎに栄で通り魔事件発生。
1人で歩いていた女性が背中を刺される』

とやっていて、冗談抜きで青ざめた!!!!



kikiちゃーーーーーーーーん!!!!!!
無事!????
日曜日のあの時間にそうそう女性なんて歩いてねーよ!(号泣)


・・・と思ったら、kikiちゃんは無事でした。
でも他人事ではありませんね。
被害に遭われた女性の方もかわいそう。
あの時間に出歩くのはよそうと思いました。
いい子ちゃんになります!!!!



3月14日。
大学の卒業オペラ公演を見にいった帰りに、
同級生たちと飲み会。
よく考えたら上述のNANA子もkikiも大学の同級生なわけだが、
ここにはいなかったなー。
皆さんよく会うので久しぶり感はなかった。
相変わらずな感じですね。笑




今月は大学時代の子たちに結構会ったな~。
あとはなんだろう??誰かいたかな~~~~。


出かける時間なので、中途半端にこれで終わります。









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ヤシの実

2008.03.13(Thu)




私達は外国の歌のみならず,大学で日本の歌曲も勉強します。
日本の歌は,外国歌曲で感じるのとはまた違った味わいがあって大好きです★(≧∇≦)


その中でも特に好きな曲がこれ★
皆さんご存知ですか??


http://jp.youtube.com/watch?v=ptn5EpEzAm4&feature=related


島崎藤村作詞による
『椰子の実』。




遥か彼方の岸を離れて
海に流されてきたヤシの実に,孤独な自分を重ね合わせ,故郷を偲ぶ歌。




日本人ならではの
控え目な郷愁感や叙情感を含んだ,じわじわと心に浸みる曲です★
男性がゆったり歌う方がなお素敵なんだけどね。。。





でも最近,
この曲をただ単に「好きだなぁ゜+.(o´∀`o)゜+.゜」とか,
「いい曲だなぁ★」だけでは歌えなくなりそうな気がしています。。。
私の中で,今後は歌いながら大きな痛みを伴いそうな…
そして心にいいようもない重さがのしかかりそうな……
だけど目をそらさずに,大切に,心をこめて歌っていきたい,と思ったのでした。。。



そんなエピソードをご紹介します。
できれば,私の稚拙な文章でありながら,多くの方に読んでいただきたい,伝わるといいなと切に願っています。




☆*。・♪*。・☆*。・♪*。☆*。・♪*。・☆*。・♪*。


まず,その話を語る前に。



平成20年3月9日。
サンキューの日。


高校生の弟の17歳の誕生日でした゜+.(o´∀`o)゜+.゜



17年前のこの日のことはかなり鮮明に記憶をしていて,
当時7歳だった私は,二歳下の弟と友人宅にあずけられて,お泊りをしていました。



みんなで『まんが日本昔話』を見ていて,ちょうどエンディングに差し掛かった頃に電話が鳴り…。

「聖美ちゃんとケンちゃん!生まれたって!!」



わぁああああ(≧∇≦)!!
超大喜び!!!!!




当時は
♪いいないいな~♪に~んげ~んっていいな~♪
じゃなくて

♪歳の数だけ手をたたこーう♪おっめでとぉ~~♪み~んな~で手~を~た~たこ~~♪♪


っていうエンディングテーマだったから,みんなで手ぇ叩いておめでとう~♪って歌ってたとこなの!!(≧∇≦)
マジすげぇ偶然!!!(笑)



嬉しくて嬉しくて弟とマジ大はしゃぎした!
夜になってからも早く赤ちゃんに会いたくて,友人の兄妹たちはとっくに熟睡してんのに,
あたしと弟はソワソワして夜更け0時を回ってもなかなか寝付けなかった。


写真

写真




あたしにとって
3月9日はそんな幸せな日。
多分一生忘れない記憶。





次に印象的な3月9日は
(てゆーかそれ以外の日はほとんど覚えてないw)



弟の一歳の誕生日!!!


写真



あたしはもうすぐ小学三年になろうとしてたとこだったかな!

夜遅くに父親が会社から帰宅して,バースデープレゼントに弟の大好きな電車のビデオを買って帰ってきた。



夜な夜なビデオを再生すると,弟は大興奮!!!
テレビ画面を指さしながら大声で



「でんちゃーーーーー!!!!!!!でんちゃーーーーー!!!でーーんでーーーーん!!!!」


と叫んでいた!!(≧∇≦)
もうそれがずっと何十分もとめどなく繰り返されて,
あまりにも面白いからしっかりとホームビデオにも残されていて,
今観ても爆笑モノである(≧∇≦)



げらげら笑いこけている父母や上の弟の笑い声を突き破って,赤ん坊がオッサンのようなぶっとい声でエキサイティング!!



隣の部屋にいた当時の私の耳にもしっかりつきぬけて聞こえていた。
まだ幼い弟が全身を震わせて喜び叫ぶ声。
かわいかった。
今すぐにでもからかいに行きたかった。
そしたら家族に混じって私も笑いこけていただろう。

父も母も弟も
「お姉ちゃんも早くおいで!!!ゆうちゃんが面白いよ(≧∇≦)」
と呼んでいる。



だけど私はその場所へ行けなかった。
体が動こうとしなかった。

私は隣の部屋で,張り付いたようにテレビをみていた。



『うしろの正面だあれ』




私はこの実話に基づくアニメに見入っていた。
当時からすると50年近く前に実際に起こった出来事。


ちょうど,
お母ちゃんが東京大空襲の戦火の中を,うちの弟ぐらいの男の子をかばって地面に突っ伏して,亡くなってゆくシーンだった。



家族の殆どが死んだ。
焼け野原の中で幸せだった頃の家庭を思う主人公の女の子。。。



ショックで言葉も出ませんでした。




遠くでは相変わらず
「でんちゃーーー!!!」
という雄叫びと家族の笑い声が聞こえた。



歳をとるということは
当たり前のことではなく,
奇跡に近いことなのかもしれない。
隣の部屋にはこれからを生きるみずみずしい生命があるが,
この日に一夜にして大量に奪われた尊い命があることをこのとき初めて知った。

写真




弟は東京大空襲で亡くなった方の生まれ変わりかもしれないなと,ふと幼心に感じた。



その日の夜は映画の衝撃的な悲しみになかなか寝付けなかった。



3月9日は私にとって寝付けない日らしい。




それから私は小学校の図書室でしょっちゅう戦争の本を借りた。



海老名香葉子さんの
『うしろの正面だあれ』の原作も読んだし
『東京大空襲物語』や
『がらすのうさぎ』など。


ヒロシマ,ナガサキの本や漫画も読んだらショッキングな絵がでてきて,眠れない夜が続いた。
ほんとに恐怖だった。


もし今戦争が起こったらどうしようとそんなことばかり考えて不安を抱いていた。
目を閉じるのも恐ろしくて,暗闇の中で目が冴えていた。
ようやく眠れたと思ったら戦争の夢をみた。
あたしの目の下のクマが慢性化してるのはこのせい。


そんな怖い想いをしながらも,
お昼休みに図書室で本を読まずにはいられなかった。
祖父母からもしょっちゅう戦争の話を聞いたなぁ。。。。
国語の授業でも
『ちいちゃんのかげおくり』
『一輪の花』など
衝撃的で何度も読み返した。



そんなわけで,
3月9日は弟の誕生日を祝うと共に,毎年ひそかに私の中で東京大空襲を偲ぶ日となった。
(正確には空襲は3月10日0時7分から2時半までの2時間あまり…だけど)


でも,
それも歳をとるにつれてだんだん忘れていったけどね……。




そして
平成20年3月10日の夜。


昭和20年3月10日の夜のことが特番で放映されていた。


仕事から疲れて帰ってきて,
テレビなんて別にどーにも興味がなかった。
でも,母がテレビ画面に熱中していて,どーでもいい話を持ちかけると「ぅるさいっ(怒)いいからテレビ見とけ!!」
とキレられたので,
仕方なく見ることにした。



すると,
この番組はかなり詳しくリアル!!!
これは是が非でも祖父母に見ろと電話しなければ!!!!
という衝動に駆られた。




まぁ祖父母なら観てるでしょ,という母に,
それでも念のため!!と電話をかけたら,他局のテレビタックルを見ているとのこと( ̄▽ ̄;)
もちろん現代社会の政治も大切だが,今夜は戦争の番組で気持ちを共有してよ~~~とのことで,チャンネルをかえさせた。




いやぁ……
東京大空襲の文献はよく読んでいたので知ってはいたが……
あんなにリアルに再現されると,言葉がない…。


まさに地獄絵図そのものだった。


東京の下町を火の海が埋め尽くし,炎に囲まれ,人々は生きたまま焼かれ,まるこげになっていく……




衝撃的だったのは
火に辺りを囲まれ,火の粉が降り注ぎ,逃げ場をなくした大量の人々が,橋のうえでぎゅーぎゅー詰めになり,身動きがとれず……


体に火がついた人達が隅田川へ次々と飛び込んでいく。



そして
何百人もの老若男女が八方塞がりで一歩も動くことができない橋の上を,
強い風に煽られて隅田川に上がった巨大な炎が一瞬で焼き尽くす……!!




わーとかぎゃーとかじゃない,聞いたこともない狂人めいた獣のような絶叫が炎の中で聞こえた。今も耳にその声がこびりついて,片時も離れないと目撃者のおじいさんは現在の橋を見ながら語っていた。



言問橋は長い間,人々が焼け死んだ跡がこびりついていたという。




他にも
国民学校の体育館に避難した人々がぎゅーぎゅー詰めになり,そこに火が襲い掛かって全員が蒸し焼き状態にされて,翌朝は扉が変型して開かないぐらいだったり,



まるこげになって折り重なった大量の死体のうえを戦火から逃れるためによじのぼったり


国民学校のプールには何百人のひとが積み重なって,まるで狂人のように髪を振り乱して絶叫していたり


どれもこれもが悲惨すぎていた………





目をつぶりたくなるような画像もたくさん出てきたが,戦争を知らない世代の我々はちゃんと事実を受け止めなければいけないと,しっかりと見た。


炭のようになっている人々が丸太のように積み重なっていた。

それぞれこの人たちにも感情があって人生があって……尊い命があったというのに…。なんてムゴイ一夜だったのだろう…。




こんな動画を見て下さい↓

http://www.youtube.com/watch?v=5yJLhZescY8



この資料も必ず目を通していただきたい↓
辛い事実ばかりですが……
http://www.ne.jp/asahi/k/m/kusyu/kuusyu.html





テレビを見終わり,
祖父に電話をしてみると

「いや~よくもまぁあんなリアルに再現したなぁ…。あの通りやわ!」



と言っていた。


当時祖父は17歳で,軍人になるために東京と埼玉の境目にある陸軍士官学校で訓練をしていた。


直接この空襲に遭ったわけではないが,この夜のことは今でもハッキリと鮮明に思い出せるという。
気温,風の感触。あのときの切迫感,感情。




おい!!下町の空が赤く燃えてるぞ!!!
と騒ぎ立てられ,慌てて外に出てみると,不気味なぐらい真っ赤な空をしていた…。


とにかく風の強い日で,
あんなに風が強けりゃ一発で火が回るわ。。。
と祖父は言っていた。


真夜中なのにとにかく昼間みたいに明るくて,
あの空の下では字も読めたらしい。。。



普段は敵のB29も空高くにいるから目には見えないのに,その日は何百機もの飛行機がものすごく低く飛んでいて,それはもう敵の飛行機がめちゃくちゃ見えたらしい。
それも,大量に焼夷弾を落としていく光景が。
まるで巨大な扇風機を回しているかのように,びゅーーんという音をたてて焼夷弾が投下されていく。
日本軍の飛行機が抵抗しているのもよく見えたらしいが、
高く飛びすぎたのかなにかで?まったく届かなかったとか。。。。



これはただごとじゃないなと思ったという。




翌日,
軍隊の学校にいたくせに
なぜかノンキに床屋へ行った祖父。(なぜ??)
そこで,軍内では情報がまったく入ってこなかったが,散髪屋さんから
「昨夜は東京の下町がずいぶんやられたらしいですよ」
と話を聞いた。
その帰り道,やけどで焼けただれた人々やススで顔を真っ黒にした人々が空襲から逃れてゾロゾロと歩いていたのを見たという。




彼らは何を見てきたのだろう??
私の大好きな祖父は何を思ってこの時代を生き抜いてきたのだろう?



昭和20年 祖父17歳
平成20年 弟17歳
あたし24歳




改めて,時代は変わったんだなぁと思う。
でも変わることと忘れること,知らないことは違う。


私たちは知らなければならない。
私たちの当たり前の生活が,当たり前じゃなかった頃のことを。



生きたくて,
守りたくて,
救いたくて,
愛したくてたまらなかったのに,それも叶わずに犠牲になった人々のうえに,私たちの命が今生かされているんだということを。



生きるということは素晴らしくて,奇跡的で,
決して当然のことではないんだということ。



私たちは感謝しなくてはならない。
自分の尊い命に。
平和であることに。
周りの人々に。
戦の時代を生き抜いて私達の命に繋げて下さったご先祖さまに。





その特番でのエピソードのひとつ。




東京大空襲に見舞われた翌日かなにかに,国民学校の卒業式があった。


そのため,疎開をしていてバラバラになっていた児童たちが一気に帰ってきたんだとさ。




兄弟たちもみんな各地に疎開をしていてバラバラにされたんだけれど,卒業式だから〇〇ちゃんが東京に戻ってくるからと,3月9日に一家が久々に集合した。


妹たちは大はしゃぎで,その晩は一緒に歌を歌ったりして,つかの間の幸せなひとときを過ごした。



そのとき歌ったのが
『椰子の実』なんだってさ。





☆*。・♪*。・☆*。・♪*。☆*。・♪*。・☆*。・♪*。☆*。・♪*。・☆*。・♪*。
http://park1.wakwak.com/~hirobo/syoka/AutoSyoka/yasi.html




名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実ひとつ
故郷の岸を離れて
汝はそも 波に幾月


旧(もと)の樹は
生いや茂れる
枝はなお 影をやなせる
われもまた 渚を枕
ひとり身の 浮寝の旅ぞ


実をとりて 胸にあつれば
新たなり 流離の憂い
海の日の 沈むを見れば
たぎり落つ 異郷の涙

思いやる 八重の汐々(しおじお)
いずれの日にか
国に帰らん




☆*。・♪*。・☆*。・♪*。☆*。・♪*。・☆*。・♪*。☆*。・♪*。・☆*。・♪*。☆*。・♪*。・☆*。・♪*。



その日はラジオでこの曲が流れていて,これを聴きながら一緒に歌っていたというのだ。


きっと犠牲になったたくさんの人々がこの曲を口ずさんだのだろう…。




改めて,
歌を歌うことが出来るとは
なんて幸せなことなのだろうと思った。
好きなものは好き
嫌いなものは嫌いと言える時代はなんて平和なのだろうと思った。
選べる贅沢さ。
表現の自由。
西洋芸術をまなべる喜び。
誰かと声を合わせて歌っても誰にも邪魔をされない。
歌うことで楽しい気分になれること。




それと同時に,


歌うということの本髄は
歴史を知ること
学ぶこと
生きること
考えること


だと改めて感じた。




『椰子の実』ひとつにしたって,
私のこの曲にたいする思い入れは,薄っぺらい。


島崎藤村のこの詩に,
軍に借り出された人々は異郷の地で想いを馳せたであろうし,

学童疎開で家族とばらばらにされた子供たちも,
この詩が骨にまで滲みたにちがいない。




もう一度歌いたくても
二度と歌えなかった人もいただろう。

『椰子の実』を家族で歌える喜びをつかの間でも実感した人々もいるだろう。




私は,一個人のちっぽけで薄っぺらい感情をこのまま歌に乗せ続けるだけで果たしてよいのだろうか??

もっと大いなる普遍的なテーマはないのか??

私にできることは一体なんなのだろうか??


とにかく何かを表現したい。
何かを訴えたい。
だけど何かとはなんなのだろう??




私には何ができるのだろう?


何をすべきか。


なぜ歌いたいのか。




答えの方向性はみえているのに,具体性はまだ掴めない。


ただ,個人的なしょーもない仕事の昇進とか金稼ぎとか歌の進歩とか,
利己主義的な喜びじゃなくてもっと大きなことに目を向けたいのだ。



表現とは……
歌うことだけじゃなく
文章にしかり
生き様にしかり

とにかく何かや誰かのため何かを表現したいのです
結局自分自身のためかもしれないけどね。




あたしは
東京大空襲の惨劇を美化したり芸術化したり,
お涙ちょうだい風に仕立てあげようなんて全く思わないし,
こんなチンケな文章を感動的に仕上げようなんて全く思ってない。
もし頭の中か心のどこかで思っているのなら土下座して謝りたいぐらい!!


だけどいろいろと考えていたら,
この曲がふと思い浮かんだ。


http://www.youtube.com/watch?v=3nY4NtrKhLE
中島みゆき 『糸』



曲がいい曲すぎてキレイゴトにまとめたみたいに思われるとつらいとこだが……(*_*)




あたしはもちろん戦争反対で戦争なんかこの世からなくなっちまえばいいと思うが,
諸手を挙げてがむしゃらに「戦争反対!!」というには,外交政治の複雑さに対して知識が備わってしまっているし,

かといって世界情勢や外交政治をすべて把握しているかというと,まったく理解が足りない…



だから気安く意見を述べられるほど頭が悪くも,
また逆に頭がよくもないため,政治的視点から戦争を語って意見を言うことはできない。
(単に揚げ足取りの野党のオバチャンみたいになりたくないだけ)



あの戦争はどっちの国が悪かったとか,
誰が戦犯だとか,
だれがどこでどれだけヤラレたかとか,
特攻隊は無駄だったとか



そんなことは決めたくもないし考えたくもない。
むしろまた争いのタネを作るキッカケになるだけだ。



ただ,こんな私でもわかるのは,
戦争を今後二度としてはいけないということ。
戦からは喜びなんて得られないということ。

戦争も平和も
他でもない,人の『こころ』が作り出しているということだ。


そこに全てのひとが気付いたとき,武力以外の解決の仕方が生まれるのになぁと思う。






光と影

2008.03.11(Tue)





先週はノロウィルスのせいで安静を余儀なくされたため,
読書に時間を費やしていた。


読んだのは村上龍の『イビサ』。


闘病中に村上龍という時点でいかにも病的である(笑)
しかしなんてことはない。
昔からヒッピー達の集うスペインのイビサ島に行きたかったため,この本のタイトルに惹かれたノダ。
(島全体を奮って巨大な音楽フェスをしてるのよねん★)



この小説は
東京→キウイ畑に囲まれた療養地→憂鬱な街パリ→エーゲ海→情熱の風と砂漠の国,モロッコ→スペインのマドリッドとバルセロナ→ そしてイビサ島,


と,世界がかりで舞台を転々とする,壮大な物語。


病床にいながらも,海外に旅行してる気分。
そして実際に旅立ちたくてたまらなくなった。



しかしさすが村上龍…。


かなりキテる内容でしたね……。




元売春婦の精神病患者が世界中を旅するうちに
身を売られそうになり,殺人,密売,クスリ漬け,乱交,レズビアン(どれもこれも描写がリアルすぎだーばかー!!),おばけまで出てきて,更に想像を絶する衝撃なラスト……。
破滅的なストーリー。


正直元気じゃないときに読むもんじゃあないね(汗)



特に意識が朦朧としてる病中や爽やかな目覚めの朝,精神的に弱ってるときはこーゆーのはオススメしません!!

文章とか音楽の影響をあまりにも受けやすいからねー。



すぐにその気になりやすいあたしは,すっかり覚醒され,体調が悪いのも手伝って一気に陰欝な気分になりました……。



いらいらいらいら。
世の中に腹が立つ。
誰にも会いたくねぇ(怒)
あいつもこいつもみーんなむかつく!!
イチイチ勘に障る!!!
なんであんなに上から目線なんだあいつは(怒)
ざけんなよ!!!




と,そんな感じ。
女の子DAYでバランスも崩れてたのかもね。





村上龍の世界観に左右されて
寝たきり生活だというのに朝から元気にNIRVANAなどを聴き,
カート・コバーンを崇拝した。
どんだけ荒れてんだ(笑)

http://jp.youtube.com/watch?v=dXO3OMGKPpw
Nirvana - Smells Like Teen Spirit



でも,NIRVANAは以前からすごく敬愛していたバンド。
あたしの周りにも崇拝者が多かった。
メタリカやレイジなどのメタル系,ハードロック系好きな高校生の弟にも,彼が小学生だった頃に聴かせたら大変お気に召しておりましたね!
(←どーゆー姉貴だ…)



だけど彼らの作り出す音楽は,今や純粋な気持ちのままでは聞けなくなってしまった。



絶望感の底に容赦なく突き落とされたかのような残酷さ。
かつてはそこにまで美を感じていた。
あるもの全てを打ち破るような怒り。
破壊的なパワー。
渦巻く倦怠感の煙にさえもはかなさや脆さを感じて,共鳴した。



NIRVANAの音楽には強烈なエネルギーを感じる。
そのパワーは頭が上がらない。
純粋にかっけぇ(・o・)!!と思う…。


定番だが『Nevermind』は名盤だと思うし,
19~20歳の頃はよく聴いていた。


http://jp.youtube.com/watch?v=bOL5cpwTkes
Nirvana - Come As You Are



だけどいいようもない虚無感や倦怠感を表現したら『MTVアンプラグドライブ』のアルバムが隠れた名盤だと思う。

http://jp.youtube.com/watch?v=X_apoJ0LLCk
Nirvana - About A Girl:



やりきれない思いに煮えたぎったときに,よく聴いた曲。





しかし,
最近ではあまりにも強烈すぎて,負の力に引きずり込まれそうになる感覚が怖くて,なかなか順調な日々の中では聞けなくなってしまった。



のめり込みすぎると,
自分がクラシックを歌えない状態にまで陥りそうになるから…。
世の中のものがどーでもよくなる。
逆にロックに救われる。





だから今では,
NIRVANAを聞くときはよっぽど怒り狂っているときかむしゃくしゃして病んでいるとき(笑)



NIRVANAはそんなときのあたしの心境をよく表してくれている。
代わりに怒ってくれるし
強気にさせてくれる。
モヤモヤを吹き飛ばしてくれる。




だから,最近ではあまり聴きたい心境になりたくないんです……。
若かりし頃に比べて,一枚精神的に脱皮できたから…ともいう。
まだまだですけど。
ずっと負のオーラに引きずられていても,なんも生み出さないしかっこよくも美しくもないと今では解るから。



そんなあたしだから,
体調をぶっこわして村上龍を読んで,NIRVANAを聴いているなんて非常にさわるなキケン状態だ。(笑)
周りの目にうつるあたしはさぞかし不機嫌で病み気味だったのだろう。





ちなみに
村上繋がりで今は村上春樹を読んでましゅ。


村上春樹の『アフターダーク』



春樹の表現は繊細で美しくて,時にシュールで好きなんだ(#^.^#)

こんな文章書きたいと思う!!
やはり男性だなとは思うけどね。




だけど途中まで読んだ段階だと,いまんとこよく解らん話だし,確かに視点は斬新だけど,龍のあとだと文章に勢いがなく思える。


そう思うと龍の文章はお下劣だけれども,読む者を圧倒させるような力を感じるな。
科学的で理屈っぽくて,下手すりゃ人間身や感情すら感じられないような,思いきり理系のひとが書く報告書みたいだけどね!!




ついでに音楽もなんとなく名前繋がりでNIRVANAからNickelbackへ移行…。



http://jp.youtube.com/watch?v=rIsDGCSjI60&feature=related
NICKELBACK-IF EVERYONE CARED



ニッケルバックもすごく好きなバンドのひとつ。




ハードで重厚なサウンド。
骨太で枯れたような声。
そこで紡ぎ出される繊細なメロディ。


そのアンバランスさが
なんとも切なくて美しいんです。


http://jp.youtube.com/watch?v=V2Uk-kSTmAg&feature=related
Savin' Me - Nickelback


そんなこんなで決して明るくない闘病生活で,いつまでも体調不良を引きずっていた私…。







そんな中,こっそりと大学院の修了演奏会に行ってきましたo(^-^)o


なんせ超不機嫌で体調絶不調だったので知り合いを見かけても貝になってました。
すんません。。。



いや~しかし。。。
オーケストラの生音を聴いた瞬間にすっかり体調が良くなって,気持ちが浄化されていくのを感じただよ゜+.(o´∀`o)゜+.゜



すごいね!
音楽のパワーって!!!
改めて,オケっていいんだな~~!!
音っていうか,
オケの音は音の粒じゃなくて風のように聞こえるのな(≧∇≦)


そよ風のように。
気化されて。
毛穴から体内に染み込む感覚。



バッハのバイオリン協奏曲なんて,まるでヨーロッパの教会にいるんじゃないかと思うような,
あの丸いアーチの天井から音が降ってくるような,
はたまた天が開いて光が射し,そこに音のフレーズが吸い込まれていくような,


そんな神がかりなものを感じた。


http://jp.youtube.com/watch?v=ecgdhoHioRg&feature=related
Bach




バッハの音楽は,
宇宙的な音楽とか数学的な音楽というけれど,この期に及んでなんだか改めて解る気がしたな~。



バッハの紡ぎ出すフレーズは,楽式的というか理屈的というか,メカニカルで,まるで数式がそのまま音譜となり,音列になったっぽい。



そしてその数式が応用され,どんどんと展開されていく。
まるで解の公式のように,音楽のフレーズが,因数分解されて,展開されながら,天にのぼっていくんだ。
その様子は,まさに計算しつくされたものだ。





うちは,二歳下の弟が幼い頃から天才的に,それこそ神じゃないかと思うぐらいに数学に長けていて,そりゃもう身内のひいき目抜きで,お前ばかじゃねーの?と言いたくなるほどの頭脳(ブレーン)の持ち主だったので,


それに比べるとあたしの数学的思考というのは,幼い頃から見劣りしていた。。。。


そんな弟と比べられながら,あっしはばりばり文系人生を全うしてきたので,数学はどうも苦手意識があったけれど,

それでも二年に一度ぐらいの割合で,それまでイマイチだった数学に突然面白さを感じ始め,夢中になって勉強して,突然98点やら100点をとってしまうという事件が起こったりした。。。。



もちろんそのときは学級トップやら学年トップに突然成り上がり,先生にもちろん理系の国立大志望だよね??と喜んで言われたりする。
しかしあっさり断り,その次のテストでは赤点。。。。と,よくわからない成績の変動の仕方をしてきた。
(数学に関してのみ。)



数学が得意なひとは音楽ができるとよく言うし,楽譜は数式が音譜になったものであると言う。
あたしはその点でこれまで数学的視点から音楽や譜面を捉える能力が欠けていたように思う……。


が,
最近では音楽を勉強したり表現したり,仕事で生徒を教える場において,
数学的知識や力学的,物理的思考があると音楽というものは物凄く捉えやすいなぁと切に感じるようになったし,
そういう思考がないと,音楽のエネルギーや仕組みを感じることは不可能であり,限界を感じるなと思うようになった。


やはり音楽というものは,
宇宙に満ちている法則を全て網羅している,
時空間の総合学問なのよね。



あたしはちょうど二年に一度の周期で言うと,今頃がもっとも数学に興味が沸く時期である。


だからバッハの捉えた法則を理解したくてたまらない。



数字が,理論が,法則が,
目に見えるもの以外のものを仮定して,
不可能を可能にして,
表せないものを表して,
無限の可能性を仮定して,
そこに文字や感性だけでは十分に表せない世の中の美がある。



数学とは,数字とは,
本当は美や可能性を表現する手段なのだ。
バッハの音楽が宇宙的だと言われるのはきっとそこなんだ。




まだ人間が人間だけの力でなんとかしようとか,
どろどろの感情で右往左往してしまうような,
近代の社会よりも前,
まだ人間が神様との繋がりが深く,忠実だった頃の,バッハやヘンデルを始めとしたバロックの音楽………。




あんなに形式的で,
メカニカルな音楽なのに,
無機質な印象は受けず,
ひたすら美しくて,神秘的で,まったく欲がない。




こんなに美しい世界がこの世にもあったのかと心が洗われた。



この天にものぼるような,バッハの神への信仰心の詰まった音楽が,250年以上の時空を越えて,現世に蘇る。


あの時代の人々の思いが,オケという風になって,今も生きているんだなと改めて大きな感動を覚えた。



一筋の光が射したようだった。
自分の本当にやりたいものや,何故芸術が心から美しいと思えるのかがもっと深く解った気がした。



古典やバロック音楽の本髄を,もっと知りたいな★





音楽と数学,物理学の話は最近もっとも関心のある事柄なので,いつか更に詳しく語りたいと思います★
ついてこれる人だけ,ついてこ~い★★(笑)



さてさて。
大学院の友達の演奏ですが,みんなとっても上手になっていて感動しました(≧∇≦)

すごいにゃ~~☆☆


歌は生物なのね!!
どんだけでも進化する(≧∇≦)


あたしもニルバーナとか聴いてる場合じゃねーな(笑)
仕切り直して頑張れよ自分,と思いました…。




そんなわけで
クラシック演奏会に出向いたら,すっかりプラスのオーラに引っ張られ,

体調はすっかり治り,
グランジロックから今では家でも俄然バロック音楽です(笑)



ヘンデルとか,心から癒されます(≧∇≦)
極上の美ですね……。
外になにも求めない精神になります☆☆

http://jp.youtube.com/watch?v=z0bHwyK0zfs
Handel


音楽って,文化って,やっぱりええな☆☆

例えお金がなくなっても何もかも失っても内側から湧き出てきて満ち足りるような幸福感を味わえる自分たちは幸せですね(≧∇≦)



今では幸せ感じながら音楽に改めて向かい合えています★★
今までとは全く違う,新しい気持ちです(≧∇≦)





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