お料理教室

2007.01.25(Thu)



ブログの女王ばりの更新率を目指したのに,日付変更であっけなく目標未達成でした。だせぇ~!


仕事が忙しくてさ…(言い訳。)帰宅したの既に午前だったのよっf^_^;


ま,なんでもいいけど,
今日の午前はお料理教室に行ってきました(^O^)/


カンタンに「ちょっとリッチな晩ごはん」ができるというもの。


作ったのは


・オニオンスープ
・シーフードのクリームグラタンパイ掛け
・ボンゴレビアンコ
・洋風野菜のサラダ
・ひとくちドーナツ
・バニラアイスのブルーベリー添え
・カフェオーレ



でした(^O^)/


…と言ってもレシピと作り方を教えてもらって、
実質参加者八人で分担して作ったんだけど。
あたしは
「シーフードクリームグラタンパイ」
を作りました(^O^)/



あんなに簡単に素早くできるとは思わずマジ感激!!

四種類のチーズをまぜこんだのがポイントで,四種類のおかげでいつものグラタンよりコクが出て美味しかった☆☆☆
これに季節の野菜を入れたら美味しいだろうな(^O^)/

秋に,カボチャと栗とサツマイモとギンナンとアスパラなどのグラタンを作ったらほくっほくで美味しかったの(^O^)/
冬は何を入れようかな~☆



ボンゴレビアンコも,
普段はあさりに白ワインでガンガン味つけのイメージだけど,今回は白ワインは使わず。キャベツとあさりのみ。
だけどシンプルで優しい味だった!!!
今度はあさりの代わりにアンチョビを使って塩気を効かせたい☆☆



ん?レシピ??

めんどくさいから教えません(笑)
でもほんと簡単で,30分以内に出来上がるから,気になるひとは個人的にメッセージ下さい(笑)
ただし遅レスです。



これは一品持ち寄りパーティーとかにマジいいかも☆☆☆☆
使わせていただく!!
…といっても滅多に持ち寄りパーティーやらないしなー
以前はなんだかんだで持ち寄りパーティーの場に居合わせることが何度もあったのに。



普段決して華やかではないきんぴらとか,煮物とか,おひたしとか,お惣菜系と味噌汁!!などしか滅多に作らない私ですが(数年前にパスタ屋さんでバイトした頃はパスタづくりもちょっと凝ったけどね。。。)これなら人が遊びにきたときにおもてなしできそうです(^O^)/


でもヒトサマに食べさせる勇気がないので,五回は練習したいのでお待ち下さい(笑)




お料理教室でおもてなし美人になろう!!



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MUSEUM

2007.01.24(Wed)

そういえば,ちょっと前のOFFの日に祖父と美術館に行ったのを書き忘れてました。


…と言っても別に面白くもなんともない話題です。ごめんなさい。



名古屋ボストン美術館,金山のタワーの特別写真展,松坂屋美術館,のハシゴです。



うちの祖父は油絵,祖母は水彩画,水墨画,造花など,多趣味に生きているので(あたしも昔は絵を書くのは好きだったが所詮落書き程度。両親なんてもっとひどい。絵のセンス皆無!!)昔から絵を教えてもらったり,祖父母と一緒に美術館を巡ったりしてました。


祖父母は美術館巡りでしょっちゅう世界中を旅してました。ヨーロッパやオセアニア,ロシアも。
その国数は私よりはるかに多いんで,海外話が1番話が合うのも祖父母だったりします。


しかし最近はテロが怖くて行かないみたいです。


代わりに,今は治安が悪いから行くなととめているにも関わらず,忠告を振り切って海外に出掛けてしまう孫(わたし。)の写真を厳しい選考の末,絵にしてくれます。


でも私の写真のセンスがよっぽど悪いらしく,なかなか祖父のおめがねにはかないません(-.-;)


でもそんなわけで,我が家には祖父母の作品がたくさん溢れているわけです。



今回の美術展は

名古屋駅の歴史を写真で綴る展覧会。


んー。実感なっしんぐ。
ただJRタワーズができる前の名駅の景色がまったく思い出せなかったので,そういう面ではよかった。


祖父たちはリアルタイムで全部見てたから楽しそうだった。


それから
ヨーロッパの肖像画展。


面白かったー!!


昔からレンブラントとかベラスケス,ルーベンスなどの絵が好きでしたが,近年はピカソなどのキュビズムや,マティスやクリムトなどの絵も好きですー。
現代画の躍動感溢れる,モチーフ画とかね。
観てて元気になれるしo(^-^)o


あと最近大好きなのはロートレックやミュシャなどの華やかでフワフワした絵!!お洒落で,お部屋にたくさんポストカードを飾りたい(≧▽≦)



祖父と印象派のコローはやっぱりいいな~!
でもコローはやっぱり肖像画より風景画だなーと評論しながら見て廻りました!!



松阪屋美術館では
『谷内六郎展』をやっていました。


昔ながらの昭和の日本の生活や,当時の子供たちの絵が可愛く描かれていて,観ながらみんなが思わず笑ってしまうような展覧会でした。



新年早々オイタをし,祖母にガツーンと言われて逃げまわっていた祖父も,この絵を観て思わず笑みがこぼれていた様子。


祖父はその日を境に元気になっていったような気がします。



絵の放つパワーってすごい!!




これからもたくさん,
綺麗だなぁ美しいなぁと思えるものに触れたいな☆


そして綺麗で美しい人間になりたい!!(広い意味でね。)




華麗なる一族☆

2007.01.15(Mon)

そんなわけで、相当ボリューマーな量でお届けした
我が一族情報でしたが、万俵家に負けず劣らずなかなか
華麗でしょ?(笑)ある意味。。。。。



ちなみに、小さい頃から文才を発揮しまくっていた私は(笑)
幼稚園の頃ぐらいから本を書いたりしていたんです。
その記念すべき処女作品!その名も





『家族』





…でした。犬も歩けば棒に当たるならぬ、
作家も歩けばネタに当たる家だったのですねー。
って誰が作家だばーか!



他にも色々小ネタが正月中にあって大変だったのですが、
もうこの量に皆さんがついてこれないことを悟り、
書く気がまったく失せてしまったので。。。。省略。
代わりに一族の闇の住人について書きます。




1月4日。
夜中に祖父母の家で映画を観ていた。デジタルハイビジョン。
別にそれは関係ないけど。
すると、寝静まった部屋の中に、テレビ以外のところから
ものすごい物音が聞こえた。


やかんのぴーぴーゆってる音??
・・・とも違う方向から暴れてる音がする。


きゃーおばけー!!!!!!!!(叫)



・・・と思ったら、なんとミッキーさんでした。
わぁぁぁぁヽ(´▽`*)ノ♡♡♡♡♡♡♡
それってとってもメルヘンちっく~~~~~~!!!♥(。→v←。)♥






じゃねーよぶわあああああか!!!
マジ凹む。
びっくりするとかじゃなくて、ひたすら凹む。
新年早々マジ凹み。。。。



なんでいるの?(涙)ほんとありえないし。
昔もまったく同じシチュエーションでねずみとご対面した。
新年早々、それこそ祖父母の家で夜中に映画を1人で観ていて、振り返れば奴がいた!!!!!!


おまいも映画が観たいのか??



絶叫ですよ、マジで。
なんでウォルトはあんなにグロイ生き物でキャラクターを
考え出したのだろう??
ハツカネズミなら可愛いけど、ドブねずみって。。。。
想像するだけでむしずが走る。。。。。


どうやら出しっぱなしの大量のおせち料理を目掛けて、
外から進入してくるっぽい。
しっぽがやたら長くて。。。。うぎゃー!!!




全てを棄てて現実逃避。即効寝に走った。

私がちゃんとしなかったせいか、祖父が夜中にトイレに起きたら奴がおせちの海老を食ってたそうだ。



そんなわけで。さんざんな年始でした。
ばっきゃろー!





次の日、大学のフレンドたちと新年会があったんだけど。。。
その場所が『ねずみ小僧』。
マジ名前聞くだけで凹む。口に出すのも恐ろしい。
まだゴキの方がマシかも。・・・あーどうかなーっ。




**************



いきなり冒頭部分の話題に戻るけれど、
キムタクのドラマが始まった。日曜9時。
あれ?彼ってこの時間帯、初進出か??
ここ数年の彼の動きってよくわからない。

なんとなく、この時間帯のジャニーズ系って中居くんエリアな気がするのは私だけ??


うちの母も、このシリアスな役柄は中居くんでぜひ観たかった!!と言っている。きっと我々『砂の器』での彼の残像をまだ引きずっている。



とは言え、ひとつ言えるのは



短髪のキムタクはやっぱりかっこいいきゃも♡ ♡ ♡ ♡




ってこと。大財閥とかスーツとか、そういう男性に弱い私は(笑)張り切って観たいと思います。
キムタクのドラマは、大好きだった若かりし頃はきゃーきゃー言いながら観てましたけれども。(中学生ぐらいまで?)キムタクはキムタクにしか見えないので、だんだん見なくなりました。実はSMAPファンだったので、3年ぐらい前までライブに行ったりしてたんですけれどもね。(照)


ここ数年は、髪を切ると結構好きになります。
ロン毛になると、途端に性格も歪んでくる気がするので、
一気にニガテになります。
工藤静香と結婚したぐらいから、その繰り返しです。
ハハと共に、何度もキムタクに裏切られては戻り、裏切られては戻り、その罠から抜け出せず。。。です。
あるときは、テレビに出てくるだけでチャンネル変えるぐらい毛嫌いします。主にキムタクが敬語を使っているときや、マジメな話をしているときが、しらじらしくて、ニガテです(爆)


でも今回はめっちゃかっこいいので、みませう。
ハハもこの罠を克服しようと、顔を中居くんに擦り変えながら観るってゆーてました。



では、これからドラマを観ようと思っている方、
既に初回をご覧になった方々、互いに頑張りましょう。
おやすみなさい。

年末年始物語 その5

2007.01.14(Sun)


1月4日。
そんなことが起こった翌朝。



恐る恐る,食堂へ行ってみる。すると。



じーちゃんはちゃっかり自分の席に座り,
しおらしーくなってて,ずずずーっと茶をすすりながら,
朝ご飯食べてやんの( ̄▽ ̄;)!!



なんだそれ!
なぜそうなる??( ̄▽ ̄;)
展開の早さについていけねえーー!!!(涙)








ってなわけで,
ようわからんけど,元のサヤに落ち着いたのならまーええわとほっといたら,わざわざこう言ってきやがった。
「…ま,一時休戦やでな!!」




………はいはい。
もう勝手にしてくれ( ̄◇ ̄;)




どうやら真相はこうらしい。
朝起きて,おばーちゃんが祖父の部屋のカーテンを
おもいっきり開けに行くと,祖父が布団にうずくまりながらこう言った。



「…どうしよう。やっぱり自殺やめようかなぁ?どうしたらいい?」


「しらんっ!勝手にしろ!」(←祖母)


「でも一晩でやめたら意志が弱いと思われるやろか??」(←いったい誰に?(笑))


「ほんなもん知るかっ!」(←祖母。)




…結局つまるところ,空腹には逆らえんかったらしいっす。



そんな………
キナコが原因の自殺ごときに意志の強さを発揮されても…( ̄▽ ̄;)






そんな祖父に内心おいおいと突っ込みつつ,私はこの日,お向かいのお寺で新年のありがたい行事(報恩講)に参加してきた。



ま。目的は精進料理のみね。
(ほんとは料理食べた後に説教聞くの)



祖父母の代わりに行ってきてくれーと言われ,じゃあちと正月らしいことでもしとこうかと(正月らしかったら和風でも洋風でもなんでもいいの。)張り切ってでかけたのだ♭



しかも子供の頃によく遊びに行っていた寺だしね!



かといって何の前触れもなく突然私が現れて,
一人で食べてる最中にご家族のみなさんとご対面してもハズいんだけどさっ!!( ̄▽ ̄;)( ̄▽ ̄;)




…でも,お料理は町内の組合の人達が運営してるから,誰にも会わないだろうとのこと。




ふむ。それならいいわね。



説教は難しくてワケわからないだろうから聞かずに,精進料理だけ食って奉納金預けてさっさと帰ってこい!!
という命令が下されたため,(んなアホな)アイアイサー!('◇')ゝと向かっていった。




しかし私,なぜか祖母の説明を勘違い。


「本堂ではなくて母屋の玄関から入るべし!」←正しくはこれね。


…のはずが………。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓


「本堂でも母屋の玄関でもないっ」
という解釈に!!!??



鳴呼なぜ間違える?



おかげさまで,
本当に本堂でも母屋でもない謎の入口に侵入してしまった。



するとそこはなんと坊さん控え室だったらしく,
お坊さんがめっちゃリラックスモードであけっぴろげな格好で休憩しておった( ̄▽ ̄;)!!



おまけに寺の住人の皆さん(幼なじみのハハなど。)も集結…………。
があぁーん………。
こりゃ不法侵入だよ……(-.-;)
町内の皆さまへのおもてなしに疲れた内輪の方々の,超無防備な状態のところを,突然ふすまを開けたりしちゃってさ…。


みんな驚きを隠しきれない様子だった。
そりゃそうだわね。
自宅で心おきなくくつろいでたのに,
突然お勝手口から他人が上がり込んできたようなもん。



しかしこっちもびっくりだったわよ(汗)
こんなドロボーみたいな入り方して,「あら!聖美ちゃん!?すっかり大人になって~」と懐かしむように挨拶されてしまったんですもの(焦)




仕方がないので,幼なじみママに案内されて他の人とは違うルートでお食事処へと向かう。



違うルート…
つまりひとんちの縁側をまるで家の住人のように
渡っていったってこと。



途中で本住職さま(つまり幼なじみの祖父)に
バッタリ出くわし,えっ?このヒトだれ??という目で見られたが,ママがわざわざ
「えーと,あの…お向かいのお孫さんの聖美ちゃん」
と紹介してくれはった。



へいすんません。
こんな場所で,ひょんなことから10年ぶりぐらいの再会で!(-.-;)


「えぇーっ!?あの聖美ちゃん?小さい頃からのイメージしかないから(@_@)すっかりこんなに綺麗になって~~~~」


10年ぶりの予期せぬお宅の廊下@素足の状態で,
そんなお世辞ゴトがむなしく響いた………………。



引き続き,
つるつるの廊下を靴下でスケーティングしながらママの後ろに従う。



お食事処に着くと,なんとなく予想はしていたが,見事に町内のジジババ(失敬!)がうじゃうじゃいて,どんなに目を懲らしても,若者はまったくいなかった………( ̄▽ ̄;)あ,やっぱりぃ!?



でもそういうシチュエーション,慣れっ子だからよいの◎





中学生のとき,抽選でハハが奈良のバスツアーに当たったんだけど,行けないハハの代わりに一人で参加したらバスの中老人だらけで(母の母ぐらいの年齢層でしたけれども?)私しか子供がいなくて,肩身が狭かったり………。
(名を偽って母の名前で参加したけれど,明らかにバレバレ。子供が一人だけ当選するはずない。)




これも中学生の頃だが,ワケあって数日入院したとき,部屋が空いてなくて老人病棟に入れさせられ,おじいちゃんおばあちゃん達と共にシップの香りに包まれて暮らした経験もあり…



そんなことが何度もあると,
今回もなんだか居心地いいやーい(ヤケ。)ってな感じで,
せわしいご老人たちの雑音に紛れて田舎料理を食べた。(←こら精進料理!)


精進料理のような素朴で胃に優しいご飯は大好きなので,
美味しくいただいた。
ちょうどそのとき,幼なじみママが一目瞭然ダッシュで走っていく後ろ姿を目撃した。


なんだなんだ??



食べ終わっても,戻ってくる気配が一向にしない。
このまま挨拶もせず勝手に退散してもよかろうものか??

…と言っても,私の後ろには席にあぶれて田舎料理待ちをしているお年寄りがズラーっと待機していたため,そこで用もなくぼーっとしているわけにはいかなかった。



居心地も悪かったので(←ホンネ(笑))そそくさと退散しようと…。いや別にお年寄りが嫌とかじゃなくてね,むしろジジババ大好きですからね。(笑)

ただ自分が明らかに浮いた存在,みたいに妙に目立つのが嫌なんですよ。周りに「なぜ?」と思われるのがね。芳しくなくてね。
騒ぎが大きくなる前に(思い上がりすぎ(笑))小さい存在のまま,ここから消え去ろうと,再び来た道を戻る。


つるつるの廊下を再び靴下でスケーティングしながら。







帰宅して,一連の流れを祖母に話すと
「だから玄関て言うたに~!!!」

と呆れながら笑われた。
ひとしきり盛り上がっていると,


「ぴんぽ~ん!!」



お客さんだ!!
まぁこの村のどーせジジババでしょ,また。

…と思ったら,なんとさきほどの幼なじみのママだった!!


ちなみに寺から帰宅しておよそ5分。
ぎゃーあんな派手に登場しといて,肝心の説教も聞かずにおメシだけ食って帰ってきたのバレバレ( ̄▽ ̄;)!!!
恥ずかちぃ~~~~!!


滅多にうちになんか来ないのに,何故?(?_?)
ん??お隣りに誰かいる…………………



…と思ったら,なんと幼なじみのさやかちゃんっ!!(@_@)



さやかちゃんは,一つ年上の,あっくん(お正月の日記参照。)のお姉さん。

小さい頃からよくあっくんとは遊んでいたけれど,小学校3~4年生の頃から急にさやかちゃんとも仲良くなって,夏休みに毎日遊んでいた。



毎日三人で田舎道を散歩したり(コエダメに石を投げたり………(-.-;))水泳に行ったり,花火したり,お互いの敷地の庭で遊んだり,クッキーや玉子焼きを作ったり,木の実を取ったり虫を捕まえたり。


横浜育ちのままではできない景色や経験をたくさんした。



さやかちゃん家(まぁお寺なんだけどね)のハナレは音楽室になっていて,さやかちゃんの得意なバイオリンを聴いたり,マリンバを聴いたり,一緒にピアノを弾いたり,音楽を一緒に楽しんだ。


さやかちゃんのママは音大卒で,大学の音楽教授だったため,家庭の事情で家に帰れない(すなわちピアノのレッスンを長期休むしかなかった)私のレッスンを代わりにみてもらったりして,とにかく毎日一緒にいたな。


当時の夏休みの日記には,さやかちゃんとあっくんの名前ばかり。



横浜に帰ってからも,さやかちゃんとは何年も文通をしていて,名古屋に転校するのを喜んでくれたのも彼女。


手紙に名古屋弁を紹介してくれたのも彼女。

「名古屋人はチャリを『けったマシーン』と言うらしい。‘超’を『でら』とか言っちゃうらしいよ?やばくない?名古屋人!!」

とおかげでいいネタにさせてもらった。



そんな彼女はあるときからものすごいガリ勉になり…。

勉強がなによりの生き甲斐になっていった。


遊んでいてもすぐに思いついたように部屋に走り,「そういえば予習が済んでなかった~」

と,勉強を始める。



そんなさやかちゃんの勉強する姿を,あっくんと窓の外から遠巻きに見ていた。

「あのひと点取り虫やもーん。頭おかしいからほっとこうぜー」


とあっくんに言われ,さやかちゃんは加わらなくなっていった。



そしてさやかちゃんは名古屋のミッション系の,私立名門中学に合格した。


その頃もたまに文通はしていたが,さやかちゃんの勉強癖はどんどん深く,どんどん度を超して激しくなっていく。そして自然に疎遠になった。


だいたい田舎に遊びに行っても前みたいに会わないしさー。


祖母いわく,さやかちゃんは学校からクルマに乗って帰ってきたと思ったら,すぐに二階のさやかちゃんの部屋の電気がつく。
それが深夜までずーっとついていて,一歩も外に出ないようだ。勉強ばかりしているのだ。聖美も見習え!!



と,よく言われたものだ。



さやかちゃんは私の中で,実体ではなくて『二階の電気のついた部屋』という存在になってしまった。




そのうち大学生になると,祖母は昔のようにさやかちゃんの登下校の姿すらまったく見掛けなくなったと言っていた。



あの子はもう家を出たんじゃないか?と。
(あっくんは見掛けたらしい。)



そして少し前,さやかちゃんはなんと東京芸術大学の音楽学部,楽理科に在学中ということが判明した!!



あらー。なんてこった。
奇遇なことに,あなたも音楽系??



しかも東京芸大の楽理科は研究専門で,東大レベルの超超超難関で,まず語学がバッチリ出来ないとダメだという噂を聞いていたので,まさに羨望の眼差し☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



身近な子にそんな人がいるなんて~!!!!
しかも私と同じ分野!!!



でも東京に行ったっきりなかなか戻ってこないらしく。
会いたいなぁと思い続け,まさに待望&念願の再会である。



何年ぶりかな??
まったり喋ったのは,小学生ぶりかな??



あっちも
「あ!やっぱり歌ってるだけあって声変わって高くなったね~」
と言ってくれた(笑)


でもそれは感激して声がうわずっていただけだと思う(笑)



そんなさやかちゃんは私より低くなっていたが…(笑)



祖母が張り切ってお茶とお菓子を出してくれたので,うちの縁側でひなたぼっこしながら話した。



さきほどの寺での出来事に一人ノリ突っ込みをしつつ,話題は音楽へ…☆☆☆



さやかちゃんは現在大学院生で,西洋音楽史専攻だという。

バロック初期やそれより前の時代…。
バッハから,シュッツなどドイツ系作曲家の器楽曲など。



胸が弾むわぁあああああ☆☆☆☆☆☆☆




あたしも歌えへんけど,バロックの音楽めちゃくちゃ好き!!!
なんだか神がかっていてつまらないという人も多いけど,バロック音楽って究極にエロティックで情熱的だと思うよん☆


ただ表現方法や音色が,のちのロマン派のような人間のドロ臭さ全開ってわけじゃないけどね☆☆☆



そんなわけでめちゃ楽しかった(≧▽≦)



さやかちゃんはそんなにすごくていっぱい勉強してるのに,めちゃくちゃ謙遜していて全く鼻にかけないし,すごいなぁ☆☆☆

本当に頭がよくて能力がある人ってこうなんだなぁとますます尊敬した☆☆☆



私たちは子供の頃から音楽の話をしてたのよね☆
それが進化しただけの話。
これって私たちがとても自然に生きてきたってことかなぁと思いました☆

年末年始物語 その4

2007.01.11(Thu)


ってことで、さっさと書くね。
なんかみんなあんまり読みたそうじゃないしー。
(←人のせいw)
ってか、長すぎかー。
活字の読めない現代人は駄目ねぇ☆


   じゃ、続き。



1月2日。


事件はその夜に起こった。
私が祖父母の家でおこたでぬくぬくしながら
本を読んでいるうちに、いつの間にかうたた寝をしていた。



すると、もんのすごい怒声が聞こえてきて、
びっくりして目が一気に醒めると同時ぐらいに、
ものすごいスピードで物が飛んできて割れる音がした。


ドアを2枚ほど隔てた部屋でそれは起こっていた。

普段ひょうひょうとしているともぞう系(ちびまるこの。笑)の
祖父が、扉を突き破るぐらいの勢いで怒鳴り声をあげているのだった。そして、何かをものすごい力で投げつけて、パリーンと鋭い音をあげていたのだった。
そして普段から勝ち気なサッチー系(のむらさちよ。笑)の
祖母が、いつもより数倍声を張り上げて、言い返し、
叫んでいたのであった。



ーげ。なんだこりゃ。



寝起きの私と、扉の向こうの温度差の違いに状況把握ができず、思わず息を呑んでその大喧嘩の行方を、見守った。
(←っつーか、間に入ったれよ。)



とりあえず、この二人のこんな口論は初めて。



私は幼少時代色々と家庭の事情があって
ロング休暇はいつもこの家にあずけられていた。
1ヶ月ぐらい。
だから、下手すりゃ親子より遠慮がないし、親よりなついてたりするんだな。でもこんな喧嘩今まで聞いたことないし。
いっつも天然のじーさんは、祖母に言いくるめられて負けてたし。(笑)母も、祖父にまったく怒られたことなく育ってきたし、穏やかな人である以外の何者でもない!!と信じている。


だから相当だな。。。。もしや新年早々危機?
なにが原因なんだ??それこそ、長年の怨念??



・・・と思ったら、あとから聞いたところによると喧嘩の原因はなんと『きな粉』だったらしい。


祖父が、きな粉の置いてある位置が気に入らなかったとか?
よくわからんが。
いつもの場所に置いてないから、見つけられなかったそーだ。
しかも気に入らないとかいいながら自分で移動させたかも疑惑。

でも祖父は、ついに感情的になってきな粉の入っていた容器を投げつけた。容器は割れ、あたり一面粉だらけ。



・・・なんだそりゃ。アホらし。。。。
大好きな大好きな優しいじーさんも、年をとったな。
こんなことで血圧をあげてどうする。


・・・つーか、B型の男は子供っぽくて血の気が多くて、
これまでに苦労させられたことばかりだが。
祖父だけは違うB型だと信じてた。
でも結局行く末はこれだったか。あらなんだがっくり。




・・・・寝よ。

(えぇっ!!!( ̄▽ ̄;))




祖母はそれにびっくりしてるかと思いきや、どっこい。
だてに30年も教師をやっていない。

「子育て終わってまた子育てじゃわい。」
とガン無視。じーちゃん、反省して小さくなってしまった。


そして夜は更けた。




1月3日。


いつも必ず朝起きると食卓でゆっくり朝食をとっている
祖父の姿がない。どうしたんだ??
ちょっと心配になっていたが、昨日の今日なので、
あんまりお互い顔をみても快くない。ほっとこう。


そして、祖母が教師を勤めていた頃の生徒たちの同窓会に
行くことになっていたので、送っていってあげた。
その間、近くのイオンで時間つぶして、また帰りに迎えにいくからお酒でも飲んできなよーってね。


そして4時間ほどイオンをフラフラ。
バーゲンだからめっちゃ買おう!!給料入ったし!!
買いたいものいーっぱい!!ピアス、洋服、カバン、下着、
家の間接照明や新しいCDラック!!
あー10万ぐらいは余裕で飛んでくかもー。こえー。




…と思ったら、本屋にたまたま立ち寄ったらこれが
広くて面白い本がたくさんあって、そこで結局2時間半は
費やしてしまった。。。。。ががーん。。。
ここまできてさ。。。。本屋て。(==;)


結局文庫本を5冊買った。
途端に他のものを買う気が失せて、ま、いーか。
お茶にしようと。
結局ドトールで買った本を読みながら時間を潰してしまった。


物欲があるのかないのか分からない女だ。



もっと「セール」の文字に心を弾ませる方が可愛らしいのにな。ま。活字でもたくさん読んで心の肥やしにしよう。
内面を豊かにしますってことでw



祖母をひろって帰宅すると、家ん中真っ暗。
こんなことも初めてである。
今まで必ず家のどっかの明かりがついていて、
食堂に祖父がいて、油絵を書いているか、英語の辞書を
引きながら英字新聞を読んでいるか、
最近始めた俳句を詠んでいるか(祖父が詠むと川柳になるがw)
TVニュースに向かって文句を言っているか、
家の間取り図のデッサンをしているか、
酒を飲んでいるか、どれかなのに。
(ちなみにこんなに多趣味で、若者に混じって習い事に通っている祖父が大好きな私である(*^^*))



こんな時間まで一体どうしたんだ??
体調でもやばいのかしらん??(*_*)



と思いつつも、「ニューイヤーオペラコンサート」を
観ていると、祖父がよぼよぼと起きてきた。
そして


「生きていてもいいことが何もない。俺は自殺する」



と言い出した。



ーは?なんで?きな粉が原因で??(*_*)



いやいや。イミわからんし。新年早々ヘンなこと言わないで!
と止めると、「一切関係なしっ!!」と遮断された。
祖父がこんなことを言い出したのは、祖母と結婚して以来初めてだという。
えー。。。。。ちょっとびびるし( ̄▽ ̄;)
年とるとこうなるの??ほんとに自殺したらどうしよう!!


すると祖母が「本気で相手になるな!!」と私に忠告してきた。でも祖父は絶食自殺をするんだと言い張る。
・・・・絶食自殺て。(==;)
とりあえず祖母の言う通りに無視していたら、
一切関係なしと言っていた祖父自身が次々と財産のありかの説明をしてきた。
「現金はここで。。。株はこうなってて。。。そしてここにはな。。。。」

弱々しく語りかけてくるので、本気で弱ってて死ぬかと思った。しかし祖母は


「ほいでなんじゃい!オマハンは何がしたいんじゃ!(怒)」


と、かなり強気。。。。
そんな祖母の隣にいると、やめてよーと止めるのもなんだかイミのない行為に思えてきて、何も言えなかった。

まるで相手にされなかった祖父は、ついに自殺から一酸化炭素中毒で死ぬ!!と言って寝に行ってしまった。



私はちょうどそのとき小説で、よしもとばななの一酸化炭素中毒で死んだ老人の話も、村上春樹のいろんなひとが自殺する話も読んだばかりだったので、あまりにタイムリーすぎてびびった。


「どうしよーっ。おじーさんほんとに自殺したら!」
「これから自殺しようとする人間がお茶飲んで寝るか!」



ああいう感情的な人には感情的になって返したらいけない。
余計に逆上するから。頭冷やさせるのがちょうどいい。
子供と一緒。
二日酔いで体調が悪くて朝起きれなくて、起きたら二人が消えてたんで、二人がタッグ組んで置いてけぼりにしたと
勝手に思い込んでスネてたんだ。
だからそんなことを言い出すんだ。


と、祖母は言った。。。。



・・・そうかな??でもさ、誰もとめなくても怖いやん・・・



「だから本気に相手になっちゃあかんて!!」



そうして夜は更ける。
じーさん死ぬなと心の底で心配しながら。



だいたい祖父は、戦時中は陸軍士官学校の生徒で、
太平洋戦争でアメリカに攻撃に行って帰ってきたら
(祖父は飛行機「はやぶさ」。ちなみに海軍が「零戦」ね。)
いずれは将校になって、軍を率いていく予定の男だった。


軍の大将だから、そらー強いタイプの男だわな。


先輩や周りはみな、飛行機でアメリカに渡って、
帰らぬ人となった。祖父もそのコースまっしぐらだった。
それが男の名誉だったらしい。
みんなと「あの世に行って、靖国神社で会おう!」と
話していたらしい。


しかし祖父は、訓練してる最中に戦争が終わってしまったそうだ。
そしてあえなく軍隊解散。ちーん。。。。。




ちなみに訓練中に、陸軍に攻め込もうとした
アメリカ機のB29に学校が狙われて、攻撃されたこともあった。


祖父はそのとき、校庭で訓練中だった。
いきなり飛行機が攻め込んできて、大量の爆弾を投下された。


校舎の半分以上は壊れ、仲間は死亡し、
外で訓練をしていた仲間たちも、みんなそれぞれ防空壕に隠れたものの、爆風でほとんどの防空壕が埋まった。


・・・うちの祖父のいた防空壕以外すべて。


祖父も、もう駄目だ。終わりだ。と、目ん玉が爆風で飛び出ないように、手で顔を覆って覚悟を決めていたらしいが、
祖父のいた位置には落ちなかったらしい。
どうやら敵の爆弾がなくなったとか??

埋まった防空壕にいた人達は、呼吸困難に陥って死亡したり、
頭がおかしくなってしまったりしたという。
祖父は救助活動に精を費やしたとか。。。。


あとこれも戦時中の話。
祖父の住んでいた街は辺り一面焼け野原で、全ての家々が
跡形もなく消え去ったのに、祖父の家だけ残っていたとか。。。



あとこれは戦後の話だが、
大型トラックと追突して、無傷で済んでいたり。。。。


それから
国鉄の社員だった祖父は、後輩たちを率いて鉄橋の整備?の
舵をとっていたのだが、
「じゃあみんなー!落ちないようにくれぐれも注意して!!」
と言ったそばから自分自身が落ち、鉄橋にぶらさがった状態で必死に自力で這い上がってきたとか。。。。
(←おのれはこち亀の両さんか!)


それに10年以上前に大腸ガンの手術をしたのだが、
普通に生き延びよるし。元気どころかその後世界中を旅してたし。アメリカのユニバーサルスタジオでジェットコースターに乗ってる写真とか、あったよ。多分それ70代のとき。



まぁ話すと長いけど、そんな強運の持ち主なのね、
うちの祖父。これだけ九死に一生を経て、いくつもの危機を乗り越えてきたのにさ。。。。



死因が「きなこで絶食自殺」って。。。。(==;)



そうなったらネタにするしかないわ。。。。
こうやって死ぬために生き延びてたの?おじーさん。





とは言え、めっちゃ色んなこと予想しました。
新聞にも載るかな。。。。事情聴取されるよね。。。。
悲しくてたまらないかも。。。。とか。色々。




そして。






年末年始物語 その3

2007.01.10(Wed)


まだある。



1月1日。元旦。


前の日記にも書いたように、家族から離れ、
大垣の祖父母の家で年を越す。


翌朝。朝っぱらからおとそを呑む。ワインを飲む。
朝から酒が飲めるってすごいね。お正月っていいね。




昼。母方のイトコ達がやってきた。あとうちの父母も。
小学生の女の子たち。かわいい。
小学館の雑誌を見てて、母が
「あ。このアイドル、うちの聖美ちゃんが大好きだよ!!」

と、余計なことを言ったために、小2のイトコから
わざわざマツジュンの切り抜きをプレゼントされてしまった。



おまけに小学校低学年の女の子が描く、あの特有の画風の
「『花より男子』の道明寺と聖美ちゃん」という、
夢のようなツーショットのイラストまで気を遣って書いてもらってしまった。。。



いや、あの。。。マツジュンはね、別に好きとかじゃなくて、
思いっきり疲れきっていたときに、笑顔で踊って若いオーラに
癒されたってだけなの。それだけなのよ。それだけなのに。

大好きって。
大好きってなにさ。。。


             *****

ちなみにそのイトコは最近名古屋の栄を歩いていたら
モデル事務所にスカウトされたとかで、そのブロマイド写真?を見せてもらってはしゃいでいた。
祖父母の自慢の孫だ。
おかげ様でこの一族から聖美がその昔、絶世の美少女だった
ことなんて忘れ去られているらしい。
(いつの時代にそんな事実が。。。。。)
今なんてますます用ナシだしね。
「聖美はヒマ人だから、マネージャーにしたれー!!」
と祖父母が小2のイトコに吹き込んでいた。
しかも真顔なので、うざい。


ブロマイド載せちゃっていいかなー。
ちっちゃく顔が認識されなかったらいいよねー。のせちゃえ。


      **********


そして再び飲んでおせち食べて、また飲んで、
ハーゲンダッツ食べて、イトコ家族やうちの父母は帰って、
私だけ引き続き祖父母の家に残って、
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを観て、
さきほど買ってきた本読んで、
音楽と文学の相乗効果がなぜか心の琴線に触れて新年早々けっこう泣いて、元日は過ぎ行く。。。


ん?すでに長い??

こっから更に長い。
でも聞いて。



1月2日。


祖母と共に親戚の家の集まりに出席。
ハハのイトコ達の昔からの伝統行事だ。
大―好きな美しいお姉さま方、ドS加減が光る素敵なお兄さまがいて、私もみんなに小さい頃から優しく接してもらっていて、居心地よい場所である。
ここにいると、「可愛いねー」「賢いねー」「すごいねー」
なんでもいつだって褒めてもらえたからだ。(笑)
最高に出来た方々ばかり。

6歳頃までシーズンごとに連れられていったが、
ぱったりと行かなくなってしまった。
それは、みなさんが私にこぞってお年玉をくれたからかもしれない。
けっこう血筋的には離れているのに。
この集まりに参加しただけで、受験合格シーズンなどは一気にかき集めて(おい)10万ぐらいの額になってしまったことがある。
そこで、実の祖母が恐縮して私を出入り禁止にした。(笑)
何年間も大好きなにーさまねーさまに会うことを許されず。
やっとお年玉はさすがにねーわ、という年齢になってから厚かましい参加に許可をもらった。


そんな親戚の中でも「たかこちゃん」とは大の仲良し。
ってゆうか、私が大好き。
実は前の職場が同じだった。某ライブハウスね。
部署は違うけど。
ってゆーか、私がたかこちゃんの職場に無理やり頼んで転がり込んだ。18歳の春。



よく初期の頃は「◎◎◎さんの親戚なの?」と聞かれた。
最後の方は私が「たかこちゃーん!」とひと回り以上(失礼。)年上のお姉さまに向かってタメ口きいて話していたので
「そういえば親戚だったんだっけ??つながらんわー」と周りに改めてビックリされるほど、私のキャラは、昔からいたたかこちゃんから切り離されて考えられるようになってしまったらしい。。。。。

でも、初期の頃はみんなから「あんたの家系はみんなそんなに異国風の顔なの?たかこさんもエキゾチックな顔してるもんなー」と言われるほど、顔の造りが似てたらしい。フワフワしてる雰囲気もすごく似てる、と先輩から言われた。
フワフワしてるか?それともしてたのか?18歳の夏。



たかこちゃんは、目がぱっちりしていて鼻が高くて、
ほんとに外人さんみたいにきれい。
マジ20代みたい。
ハハが子供の頃からたかこちゃんは存在していて、一緒にモノクロ写真に写っているが、それとこれとは別人のようだ。
むしろ母の。。。というより、私のイトコか友達みたいなもんだ。

たかこちゃんには私のがきんちょの頃から可愛がってもらっていたので、こんなことを言うと生意気だと思われるかもしれないが。。。。。
まっ。思わないでしょ!だってたかこちゃんだもんw


たかこちゃんは、我が親族の自由人の走りで、
さっさとアメリカの大学に留学しちゃったり、イギリスにいたり、オトナになってからも、世界中を旅して廻っている。
音楽や美術や建築や語学や哲学的なもののパワーや神秘的なものを愛してて、幼い頃から憧れだったギリシャ神話の故郷を求めて、1人で自由にギリシャに行っちゃったりする。

そこで珍道中しまくって、それネタ?(笑)っていうエピソードをたくさん持ち帰ってくる。
ほんとに、漫画のオチのような。
私も色々と海外話に関してデンジャラスな小ネタ持ちではあるけど、カノジョの方が全然聞き応えあるかも。(笑)
喋るの大好きで、そういう話をいつもおもしろおかしく話してくれるし、場を盛り上げてくれるし、気ぃ遣いだし、あんまりうちのこっちの家系でそういう人はいない。特殊なタイプである。

仕事も色々やったり、バンドのボーカルをやったり。
英語がぺらぺらだったり。
好きなものに対して一途で、形や周りの考えにとらわれないで、ゴーイングマイウェイで生きていくって感じかな。


そういうたかこちゃんを、うちの母はすごーいと尊敬と羨望のまなざしで見ていたらしいし、地味にいかにラクして生きるか、いかにインドアで過ごすかに命をかけている母にとっては遠い別の生き物のように映ったみたい。(笑)


だから、まさか自分の娘が↑↑↑と全く同じタイプの人間とは思わなくて、
びっくりしたそうだ。
あんたとたかこちゃんの方が血が繋がってるみたいだねー
顔のつくりもねー
自由人なところもねーっ
ってよく言ってる。(笑)
そんな母は、我々をただのちょっと遠い親戚にさせとくのがもったいないと思ったのか、
高校時代、その会合に私が出入り禁止だったときに(笑)
個人的に引き合せてくれて、気が合って仲良くなった。
(彼女にとって私はそれまで関東に住んでるイトコの娘、っていうだけの存在だったと思うからね。)

そして職場が5年間一緒だったこともあり。。。。今に至る。


バイトをやめたので今までみたいによく会うこともなくなってしまったが。。。
この前超偶然に、会うはずもない地下鉄のホームで(私は普段利用しない時間にあまり利用しない駅にいた。)ばったり会った。
マジびびる。駅で親戚に会うとか。
しかもそれがたかこちゃんだなんて。
やっぱり波長が合いまくって、呼び合っているとしか思えないw




そんなたかこちゃんと、今年も盛り上がった!!
何の話題かはだいたい決まっている。

まずは、ライブハウスの話。
「店長元気―?最近景気はどう??」
「店長がたかこちゃんのこと可愛くていい子だって、狙ってたよー
 気をつけてー」
 「こないだ忘年会いなかったね。私いったんだよー!」とか、その類のもん。


そして、


私「今年どこ行った?」
た「今年はねーあんまり行けなくて。ロンドンとハワイだけ。
  しかもロンドンはロンドン同時テロ未遂の前日に帰国したから本当に危なかった!」


ほらねー。やっぱり彼女もギリギリの橋を渡っている。(笑)
しかもたかこちゃんはなんだか近年ひんぱんにハワイに行っているのだ。
(ハワイだけじゃないけど。)なんで?そんなにいいの?
私オアフ島しか行ったことないから知らないけど。。。


た「オアフは観光地だからね。ハワイはね、スピリチュアルな国よ!島によってパワーが違うから。あのパワーを知ってからとりこだね。私はハワイ島とマウイ島のパワーが自分に合ってるかな。星がものすごく綺麗だし。普通は空見上げるじゃない?
横見れば星がぶわーってあるからね。つまり180度ね。」

私「そうなんだ!じゃあ私もワイキキでショッピング~とかやめて、神秘を求めて行ってみる!!」

毎年のことだけど、そういう話でめちゃくちゃ盛り上がる。
お互いの海外ネタ。たかこちゃんは大抵毎年ネタになる国が違う。



すると、

「おい聖美!お前プラハ行ったんだってなー。どうだった?」


と毎回必ず口を挟んでくるのは、サディズムのシンボル(笑)、とおるくん。


・・と言っても50過ぎてるし、下手したらうちの父と同い年??
それに「くん」はないよなぁ・・・(笑)と思いながら、物心ついたときから母がそう呼んでいるので仕方がない。今更「おじさま!」とか言えない(笑)


とおるくんも会社の仕事で全世界を飛び廻っている。
月に何回も行くんじゃないか?
最近はタイや中国や。。。。特に中国?アジアが多いみたいだけど、
ヨーロッパもアメリカもかなりの回数踏んでる。超国際人。

「オレは何度もプラハに行ってるが、今まで行った街でプラハが一番好きだ。
一番すごく綺麗!!」
「あーっやっぱり!?」

意気投合して盛り上がった。これもいつものこと。
そして毎回いじられて終わる。別に親しくなるほどめっちゃ会ってるわけないのに、
小さい頃からいじられる。何故??

小さい頃、餅つきの臼の中に顔突っ込んでみろ?杵でなぐってやる。
と言われて、それまで聖美ちゃん聖美ちゃんと舐めるようにして可愛がられて育ってきた(笑)私にとっては、なんて怖いオッサンだ、と恐れた記憶がある。
小学生の頃は「聖美!」と呼ばれて振り返ると、彼の手には私の世界一大嫌いなセミが、にぎられて、ジリジリ窮屈そうに鳴いていた。
あまりの衝撃で50Mは軽く全力疾走して逃亡した。


そんな私も、だんだんお年頃になってきてたくましく成長したw
面白い反応を返すようになったらしい。( ←それとも昔からおもしろかったのかしらん。)
そして、とおるくんの絶好のオモチャその2(←ちなみにその1はたかこちゃんね笑)へと昇格した。
光栄っすー。

ぶっちゃけ私、この会合の中で「なにもの?」という感じだし
(肝心の母や母の弟は欠席だし。。。。私はイトコでもなければ姪でもない。。。ハトコ?マタイトコ?でもないし。。。。どういう名称の存在にあたるんだ?)
なんでちゃっかり参加して、誰よりも図々しく飲んで喋って盛り上がってるんだ??
と思われようと思えば、思われなくもない。

だから一応恐縮はしている。
「ごめんなさい。。。。祖母にひっついてきて。。。。予定外の参加で。。。。。」と。

でも、とおるくんの奥さんが
「あらっ。でも聖美が来た!って彼喜んでたわよw」とフォローしてくれた。
なんてあったかいんだ。


とおるくんは
「おーいたかこー!聖美―!お年玉くれー!!」
と何度も何度もしつこかった。
「ド貧ですから。。。。」
「極貧ですから。。。。。」
二人でたじたじだったw
「むしろとおる兄ちゃんの財布、預かるよ?」みたいな。



このようにして、昼からビールを飲んで、ごちそうを食べて、
するとそのうちに、先月結婚したばかりの美人キャリアウーマンのミヤコちゃんや
その優しくて可愛らしいお姉さんのユミちゃんもやってきて(まぁ、みんな一回り以上違うんですけどw)結婚式の写真や、我々の海外の写真タイムとなった。


ミヤコちゃんも実にモデル体型で、できる女系で、綺麗だーっ!
仕事ばりばりしつつ、趣味でフラメンコをやっているとか。
マジで教えていただきたい。。。。。
結婚式で、あまりにも垢抜けたプロポーションと雰囲気だったから、
「なんの業界の方ですか??」
とコーヒーを注文したうちの母に、お店の人が質問してきたという。


そういう人たちがいる中で、何故彼女たちじゃなくて
最も存在感の薄いうちの母親が結婚して、私ぐらいの大きな娘がいるのだろう。
世界の7大ミステリーですな。
世の中の仕組みってよう分からん。

そんな感じで楽しく、ときは過ぎて行った。


だけど事件は、その夜、祖父母の家で起こった。。。。。

年末年始物語 その2

2007.01.07(Sun)




12月31日。大晦日。


長浜ロイヤルホテルでの朝。
前回の日記に書いた通り、部屋の中は豪雨。
お目覚め微妙。。。。



朝食は朝から豪勢なビュッフェ。
しかし前日夜遅くまで生ハムを食べていたので
(そして少々飲みすぎた。。。)胃がもたれている。

せっかくのバイキングにも関わらず、
おかゆと味噌汁と納豆と・・・あとお腹に優しい和食を少々。


私だけが例外にあらず、矢田一族みんな前日のフレンチと生ハムが効いたのかおとなしく和食で落ち着いている。

みんな小さい頃は朝からやれウィンナーだのチキンナゲットだのベーコンだのスクランブルエッグだの、ごはんとパンとパスタと主食の三刀流のあとにデザートにシリアルを食べる!!
そしてケーキとフルーツに走る。。。
と、それはそれはまるで競技のごとく食べまくっていたが、
年頃の女の子になってきて、食欲も落ち着いたらしい。


昔は近江牛ステーキ7枚とか、余裕で食べてたもんね☆
>◎◎みちゃん♪(笑)



そんな中で、今年80になる我がB型一族の頂点、
おばあさまだけが1人洋食コーナーで食糧にがっついている姿を目撃!!



「ねぇねぇ。おばあちゃんが若者に紛れて朝からウィンナーとかパスタの前に群がってたんだけど。。。。」
「マジ??元気やな。。。最近ますます元気になってこうへん?うちらより元気すぎてマジびびるわ。。。。」


以上孫たちのひそひそ話。(笑)



誰よりも遅れてテーブルに戻ってきた祖母のトレイには、
爆発した皿が一枚だけ載っていて、孫一同ぎょっとして目を疑った。



なにが爆発してるって、その料理の盛り付け方のすごさ。
きっと和洋折衷で色んなものをオードブルのように
盛り付けたんだろう。
でも、それが積み重なってぐちゃぐちゃになっていて、
モトがなんだったのか全く分からない。というか、汚い。
更にその上に、まずそーなスパゲッティがそれはもう、
すんごいボリュームでうずまいてぐるぐるのマキ○ソ(こら!)のように、下の料理たちをふさいでいた。。。。

うわぁ。。。。傾いて倒れそうだよ、そのスパゲティ。
そしてお皿に乗り切らなかったのか、その上に
トマトとウィンナーとオレンジとサバ(!!)が
載っていた!!( ̄▽ ̄;)!!!



おえーっ・・・生臭そう・・・・・・



何それーおばあちゃんwwwと笑ったり、
おばあちゃんお皿変えなよー!なんてアドバイスした日にゃあ
おばあちゃん自身がどう爆発するか分からない。
ブチ切れて手がつけられないほど大変なことになるかもしれないし、
泣き出すかもしれない。
ちなみにそういう前科は、何度もある。


だからみんな、絶句したまま、何も言えなかった(笑)
まるで腫れ物を触るかのように、ただその皿を見守るだけ。
なおみちゃんとは、何度も目配せして吹き出しそうになるのを必死にこらえた。


たまたま隣に座っていた私は、おもしろいから
「おばあちゃん、いっぱいとってきたねーっ。美味しそうだねー。どう?美味しい??」
と、(わざとらしく)穏やかに聞いてみた。


「ほうよ。美味しいよ。欲しいか?」


と、箸でつまんでサバをくれようとした( ̄▽ ̄;)!!!
いや、いいX10----っっっ!!( ̄▽ ̄;)!!!
「だっておばあちゃんがせっかく取ってきたんだし!
おばあちゃんが食べなくちゃ☆」
と、必死に断った。



だってそのサバたるや、
でろでろのスパゲッティの渦に絡まって、
おばあちゃんが箸を動かすたびにしっぽがあっちこっちに
ゆらゆら動くのが見えるんだもん。。。。( ̄▽ ̄)


まるでどろどろの沼に浮かんだ鯉の死体が、
風に揺られてあっちこっち無造作にやられてるみたい。。。



グロテスクで気持ち悪い。。。。。。
というか、気味が悪い。。。。



あれを平然と平らげてけろりとしていたおばあちゃんに乾杯!(完敗!)



風邪を引いて声が全く出なくなってしまった叔母に
いつまでも話しかけている祖母のそのマイペースさにも
完敗でしたー。さすがB型。
そして、それに気付かず叔母に任せっきりにしている
他のみんなもwww 
さすがB型だ。。。。




その一方でうちの親父がライチを大量に持ってきて
食え食えと周りに無理やり勧めていた。
そんな父もB型。
みんな嫌がってるやん。。。。やめてよー。と思った。

第二回戦に行って戻ってきた人の皿に、ライチがないと文句を
ゆった。
「なんでライチ食べないんだよー」と。

「皮むくのめんどくさいから好きじゃない」と叔父が言うと、
「そんなん簡単ジャン!!こうやるだけじゃん!!!」
とムキになって実演してみせていた。
皮をむくのが好きじゃないということが
単なる言い訳のひとつに過ぎないということに、何故気付かないのだろうか。
好きなら持ってくるはずだ。
好きじゃないなら持ってこない。それがバイキングだ。



うちの父親はバイキングになると毎回そんな感じ。
ぶっちゃけ、、、うざいぞ(笑)



あたしもライチ大好きで、楊貴妃に習って美肌を目指そうと、
あれば必ず食べる。
が…あんまりしつこいんで、食べるのが嫌になった。
持ってくると、まるで自分が作ったかのように親父が自慢を始めるんじゃないかと思ったからだ。

しかし、食べたい誘惑に負けて、結局食べてしまったw
そんな私もB型。



*************************


チェックアウトの前に、また露天風呂に入ろうと思ったら
「10時から清掃作業だから駄目よーん。」
とおばちゃんに言われた。
時計をみると10時2分。。。。。
状況が飲み込めず、ぽかーんとしていると
「あれ?部屋に書いてなかった?読まなかったの??」
と、追い討ちをかけるようにまくしたててきた。


一言余計だばかー!



そんなわけでせっかくの露天風呂に入りそびれた。
マジテンション下がるー。



*************************


仕方がないので、みんなで多賀神社へ出かけた。
伊勢神宮のお膝元、お多賀さんだ。


「おーい!多賀大社行くぞー!!!」


と張り切るオトナ達に、
「え?まだ新年も迎えてないのに?なんのために??(@@;)」


と一歩引いてる子供たちだった。(笑)



それでも、ええやーん行こうぜーぃ!ってことになった。



まぁ、大晦日に神社に行く人なんかほとんどいないようで。。。
案の定、静かなものだった。
ほんと、ガラン。。。。って感じ。

縁日のために並んでいる出店も、翌日からの準備で
大忙しで
「このくっそ忙しい時期に観光なんて来るなーっ!!邪魔だ!!!」
という目つきで見られていた。。。
ま、アリよね。こんなのも。




多賀神社は私が4歳の頃に行ったっきり。
まだ生まれてないメンバーもいた。


ってことでオトナたちは懐かしがっていたが、
子供達は記憶にある者が1人もなく、やるコトと言えば
まぁおみくじを引くことぐらい?
大晦日に引いてどうすんだよーと周りに突っ込まれながら。。。



ちなみに去年のおみくじは
「今は苦難に耐え忍ぶとき。長い目で物事を見続けて諦めず努力を続けていれば、翌年は必ず素晴らしい一年がやってくると信じろ」
と出ていた。途中まではわりと当たっていたかも。


当時受験生だった弟も、就活の弟も、完璧におみくじ通り進路が決まった。だから、去年からおみくじを信じることにした。


さて。苦難の年は終わったぞ。
どんな華やかな結果が出るカナー☆☆☆☆☆

わくわくしながらおみくじを引くと


「末吉。苦難のとき。頑張ってもむくわれず。」




…………………………。




さっさと鉄格子みたいなところに縛ってきた。
くそくらえ。
あーよかった。今日が大晦日で。
新年になったら、またおみくじ引きなおそー。
苦難の年ね、はいはい。それって2006年のことでしょ?
今日で終わらせてやる。



ムナクソ悪いぜー。ぶつぶつ。。。
と、煮え切らない思いを抱いていると、
うちのマイペースばあちゃん、気をきかせて
全員に何かの紙きれを配っていた。
なんだろう?何かのお守りとか、ありがたい教訓とかだろうか??

救いを求めるような思いでその紙を開いてみると、




『厄年年表。』





・・・・・・・・・・。

ポケットの中でぐしゃっと丸め潰した。
ってか、誰もかぶってへんし。

昭和58年生まれ、本厄、と書かれていて、
ダブルパンチで凹みそうだったが、それは男性だと知って
どーにも無関心になった。



ってなわけで昭和58年生まれの男児たちよ、
気を付けろーーーーーっっ!!



*************************


そんなこんなで、
人気がなくて寂しげな、残雪の白がまだ眩しい昼下がりの
お多賀さんを満喫した。
大晦日だけどお参りもしたし。


お賽銭入れが、巨大な箱でびっくりした。
ここに明日からみんな、小銭を放り込むのか。
まるで運動会の玉入れだ。


昼間から年越しそばを注文して、
なぜか注文してからそばごときに20分以上も待たされて、
お茶の入っていた湯のみにそばを入れて食べる
おばあちゃんに目を丸くしつつ、
まったりと時は過ぎて行った。。。。



そこへ。家で留守番していた思春期の上の弟から急用で
連絡が入る。
なにがなんでも急いで帰らなくてはならなくなってしまった。



もう一方の矢田一族に気を遣ってもらいつつ、早々と
解散の方向へ。。。。。




     -と、そこへ。



「お土産を買わなきゃならん!!」


と、またしてもマイペースおばーちゃんの大暴走。
こういうとこ、B型的だよねー。
あたしも言われる言われるー!
飲み会で、さぁお開きです!行きましょかーってときに
「あーちょっと待った!トイレ行ってくるねー*^^*」
と言ったら、「出た出たB型女!」
と言われたことをふと思い出してしまった。。。。
そっか。こういうことなのね。。。。orz



そして
多賀大社の名物、『糸きり餅』を求めて長い旅が始まる。。。



我々の立っていた場所のすぐ近くにお土産屋さんがあった。
唯一、開いているお店だった。
(他の店は師走で忙しくて閉店。)

さっさと買って終わらせてくれよーと思ったら、


「そこはあかん!!」と。




どうやらその店には長年の怨念があるらしい。


その昔、おばあちゃんは死んだおじいちゃんと共に木箱屋さん
を営んでいた。
おじいちゃんが死んだ後に潰したが!



そのときに箱を買ってくれなかった恨みがあるという。



てか怨念て。
恨みってなんだよ。。。。
執念ぶかっ!!!!




そして我々は、糸きり餅の店を求めて
20分以上歩かされることになる。。。。



先陣切って、もんのすごい速さで進んでいくおばあちゃん。
もう誰にも止められない。
口を挟める者は誰もおらず。
だいたい、その歩く速度に追いつける者は誰もおらず。


子供達や、母親たちは後ろの方でおばあちゃんが
遠くの方でどんどん小さくなっていく姿を、
かろうじて見失わないように、なんとかダラダラと足を進めているだけだった。


「怨念ってすごいな。。。
こんなに歩くぐらいなら、恨みのある店で買った方がてっとり早いのに。」

「っていうか。。。。。もう時効ちゃう?
おじいちゃん死んで20年経つし。」


「今働いてる子たちに罪はないよな。。。。」


ボソボソ言いながら、しぶしぶついていく若者たち。(笑)
あんまり飽きたんで、我が一族のムードメーカー
なおみちゃんが、背中を少し丸めて猿人のように歩く
(無茶苦茶言いすぎ!)おばあちゃんの真似をすぐ真後ろで
突然始めて、


「こら!やめなさい!!!」


と、周りをひやひやさせていたw



そうしてようやくたどり着いた御餅屋サンは、
我々がひそかに予想していた通り見事に閉店。。。。。



来た道を戻ることになった。



「いい運動になってよかったなーははは。」


とおばあちゃんだけが笑っていた。



そうして、急用でとっとと帰らなければいけないし、
これでようやく帰れるかしら??と思ったら、


ちゃっかり、例の怨念のあるお店で3箱お買い上げー♪


・・・・せめて諦めて買うのをやめてくれればいいものを・・・(怒)
だったら最初っからそこで買えよ!


みんな突っ込まずにはいられなかったw



なぁんてね。




でも、1箱ずつ両家にくれたからゆるーす!!!


・・・なんて。何様かしら、あたし。



こんな日記、本人や父親に見られたらどうなることか。。。。
おそろしや・・・。
ってことで、なかなかきわどいラインで書いてます。




こうしてその後も色々ありつつ、私は今度は
母方の祖父母の家でまったりと新年を迎えることになるのです。


でもそこでもB型の祖父に見事にやられました。


今度こそ手短に書きます!よろしく。

年末年始物語 その1

2007.01.07(Sun)




年末年始はなにかと波乱万丈だった。
おい。今年は12年に一度の超HAPPYな一年と違うんかいっ!!


どの新聞にも雑誌にも、去年の初詣で引いたおみくじさえも、
「2007年を楽しみに待て」と書かれていたので、
本当に楽しみにしていたのだ。一年前から。
でもその予兆がまだ感じられない。ううむ。どうなることか。



ってなわけで、年末からの出来事を書いてみる。




12月29日。
仕事納め。
ナンさんと飲む。
二次会で前職の忘年会に割り込む。
半年以上ぶりに元仕事仲間方々に会う。
相変わらず酔っ払ったオヤジ連中の絡みがうざかったが、
そのテにはもう乗らない。
2006年のあたしは少しだけオトナになったらしい。

ってなわけで、その話はまたじっくり書きたいのでここでは割愛。



12月30日。
毎年恒例の矢田一族の集まり。
別名「ふぞろいなB型たちの会」。
お盆にも泊まった長浜ロイヤルホテルの9階に宿泊。
琵琶湖が目の前でとても壮大。竹生島が望める。
ガラス張りの部屋なので、琵琶湖の青さが目に飛び込んでくる。
でも雪が降りそうな天気だったので、残念ながら青が灰色化していた。
さむざむ~。


夕食がリッチで素敵だった。
ホテルの13Fでフレンチディナー。

夜景がめっちゃキレイ。
静かにジャズが流れてる。

ワインが注がれ、順番に出てきたコース料理は
ブロッコリーのムースとオマール海老、スズキのテリーヌ、
オリーブオイルとコリアンダーを塗って食べるイカ墨のパン、
近江牛のステーキ、、、、などなど。


矢田家に似つかわしくない。
ナイフとフォークは外側から内側やで、
なんて声がそこら中から聞こえる。やめれー。


ナフキンは半分に折って膝に敷き、
お口が汚れたら、その折った裏側で拭うんだよ、なんて
オヤジたちに教えると、でっかい声で「ほぅそうなんかー!
みんな聞け!ナフキンはな。。。」と繰り返していた。
あんた普段接待あるんちゃうんか。


そんなん首からぶら下げたら、ホリエモンとかそこらへんの成金みたいになっちゃうし。下品でしょ?

と適当に流しといた。


イトコのゆかりちゃんとなおみちゃんには
「そのナフキンの使い方、昔、聖美ちゃんから聞いた覚えがあるわー。」
と言われた。あらっ。。。。
馬鹿のひとつ覚えみたいに毎回毎回ごめんね。



ハハが
「聖美はワインセミナーに通っているし、ワインは詳しいんやでー」
と余計なことを言ったせいで、叔父たちは私にワインリストを見られることを一気に拒んだ。
これを機にお値段がぐんと張るボトルを頼まれることを恐れたらしい。
素人に毛が生えたようなものですからーっ!!ざんねんっっ!!


しかしオトナたちの無駄な抵抗?もむなしく、
リゾートホテルオリジナルのワインを次々と飲んでいたら
ワインだけで1万6千円以上いった。
ありゃりゃりゃりゃ。


しかし、いつも必要以上に声がでかく、
一体誰が誰に話しているのか見取り図で線を引かないことにはその関係が見えてこないほど、口々にうるさい矢田家だが、こういう場所に来ればそれなりにみんなちゃんとおしとやかになれるんだな、と感心した。
(何様だ。)



しかし、その庶民派から早く抜き出たい。
頑張れ、矢田家。





食べ終えてから更に部屋飲み。
親父達が生ハムなどを仕入れてきたので、大量に食べまくって
飲みまくった。
こんなに飲んだの久々だ。前日も飲んだけれど。。。
久々に酔いが回ってホロ酔い。



その足で大好きな温泉に入る。
極寒の中での露天風呂。
地獄でみつけた天国のようなものだ。

硫黄のお湯でサビサビの色。
でもそれがお肌に良さそうでイトコ女3人で長湯。
お風呂につかりながら恋バナに燃えた。。。かな?


***********************



「出張でホテルに泊まるときはな、部屋が乾燥するだろ?
それでどうするか知ってるか?」
と、得意げに話す父に以前、



「そんなんあたしだって毎回やってるよー。
湯船にお湯張って、下着類は全部手洗いして部屋の中で干して、コップというコップに水入れて寝る!!」


と、対抗したことがあるが、あっさりと却下された。
その父論によると。




「バスルームのドアを開けっぱなしにして湯船の栓をせずに一晩中、熱湯のシャワーをじゃーじゃー流し続けるんだ!!これで蒸気が立って部屋中の湿度が潤う。」





・・・・げえぇーっ・・・。
環境に対しても、ホテルの水道代やガス代に対しても
それって悪いんじゃなーい?(=_=;)


と、父に対してドン引き。
やたら勧めてくるが、以後一度も実践に至ったことはなかった。。。。
やるもんか。一度たりともやってやるもんか!ってね。



しかし今回、ついに親父の提案でやることに。。。
う。。。ついにやるのか。。。避けて通れない道だったか。。。(==;)
エコロジストになりたかったのに!ごめん自然!!



なぁんて思っていたら、それが加湿器要らずで部屋中が超潤ってて、風邪っぴきが多い矢田一族の中にいても、伝染しなさそう!!

そのうちサウナみたいに部屋が暑くなってきた。
すごい!シャワー効果!!



非常に申し訳なかったが、我々の部屋でも実行させていただくことにした。
ごめんなさい、ホテルのみなさん。お水さん。
今晩一晩だけ贅沢させて下さいっ(>◇<)



イトコたちの許可をとって、シャワーをざーざー流して、
爆睡した。



朝起きたら、シャワーの音がしなかった。
おっと!誰かが夜中にこっそりと止めたな!?
誰だー誰だー誰だーーー。


ふと天井を見ると、雨漏りをしていた。
上からポタポタと雨が降ってくる。
いや、これは雨漏りじゃない。部屋中に立ち込めたシャワーの蒸気だ。


起きてきたゆかりちゃんとなおみちゃんに平謝りされた。

「ごめんなー聖美ちゃん。夜中にシャワー止めさせてもろたわ。上から大雨みたいなのが降ってきて、最初お化けかと思ってほんとにびっくりしてん!!」


一番シャワールームのそばにいたなおみちゃんは、
ものすごい蒸気と雨で苦しくて眠れなかったらしい。


あたしだけ、気付かんと爆睡しとったー。
最悪だぜ最年長!



よく見ると、バスルームの比較的そばで充電していたなおみちゃんのケイタイがびしょ濡れだった。




え??そんなに降ったの??



部屋の中はもくもくしていて、ガラスが見事に曇って
水滴だらけで、琵琶湖が見えなかった。


急に室温が下がったうえに、浴衣一枚で寝ていた私は
変なはだけ方で体調最悪!
逆に風邪っぽくてノドがざわざわするし!!



それどころか、私たちの部屋は外から戻ってくるとカビの匂いでもわぁぁぁぁっとした。
大丈夫かなぁ。。。。カビが生えないことを祈る。。。




・・・というか、なおみんのケイタイは無事なの??






そんなこんなで2006年の最終日が始まった。



  つづく。





A HAPPY NEW YEAR!!

2007.01.02(Tue)


明けましておめでとうございます!!
去年はお世話になりありがとうございました(>▽<)
今年もよろしくお願いしますっ☆☆



今年の年越しは…
前回の日記通り渋ーく地味に過ごしてみました☆



JAMバンドのBig Frogのオールナイトハコライブでカウントダウンするか,
二人でビリヤードをしながらその足で初詣に行くか
先輩の沖縄料理店のオールナイトパーティーに参加するか


色んな案があったんですけど全部キャンセルをし…



2007年は猪突猛進でもんのすごく攻めていこうと。


その充電のために
もーんのすごくのんべんだらりしてやろうと。。。



つまり年初めにして
だらだら納めです。



ってなわけで体に負担かけること全部拒否して
結局単身祖父母の住む村に渡り,年越し。

夜中にできる限り多くの?除夜の鐘をつくために寺のハシゴをしました。




…寺のハシゴて………f^_^;


うぅーん地味っっ!!!!




まずは向かいのお寺に行ったら,お寺の御曹司の幼なじみのあっくんがお菓子を配ってた。
あっくん…。久しぶりすぎる。

小学生の頃,夏休みに毎日遊んでた。
一緒にラジオ体操行ったりプール行ったり花火したり。料理作ったりピアノ弾いたり。神社で遊んだり。
告白されて,結婚の約束もした。
懐かしいな。
横浜に住んでた自分にとって,大好きな田舎のお友達。



小6のときに遊んで以来,パッタリ遊ばなくなってしまった。
思春期で照れが生まれたんですな。


もう実家にいないっぽいと祖父母から聞いていたし,

まさか鐘台の上で再会するとは。
不意打ち喰らって驚いた。



それ以前の話をすると,
実はお風呂に入ろうとして,顔半分を化粧落としで拭き取りかけたときに祖父に鐘つきにいくぞと召集されたのだった。


みんな並んでるし108回おわっちまうから早くしろと,化粧を直すか,はたまた逆に完全に化粧を落とすかの時間を許されないほどまでに追い立てられた。



どうせ真っ暗で顔なんて見えないし,顔のことなんてこだわってなくていいからモタモタしてないでそのまま即行ってこいと祖母にも追い撃ちをかけられた。



確かに田舎の夜は,街に住む人が闇ってこんなに暗かったの??と動揺するに違いないぐらいに,暗い。


電灯がないですからね。
歩くの怖いですよ。



だから,マスカラとアイラインが落ちるどころか,ただぐちゃぐちゃにひっかき回して延びて終わった状態の,まさにパンダみたいな目(パンダよりひどいよ。)のまま,行くことになった。
ま。誰も見えないしいいよね。ってね。





しかしまさか鐘台が光惚とライトアップされてるとは…(-.-;)


まぁよく考えればそりゃそうだよなぁ~!
暗闇で鐘がつけるか!



ってなわけで,
鐘台の上で菓子配ってる
あっくんに丸見え(-.-;)


なにもそこにおらんでも……………(-.-;)



不細工とか以前にさ…
眉毛がなくて目の下片目だけ真っ黒で,妖怪みたいな自分がまさか夜のライトにの下で久々の再会だなんて新年早々大ショックですよ…(-.-;)(-.-;)



あーでも久々だし私だって気付かないかも。
でも10年前から代わり映えのないじーさんと一緒にいるからな~。私ってバレたかな~。



早く逃げたい一心で,寺の主(あるじ)のキュー出しの前に鐘をついたらフライングだとやり直しをさせられた(-.-;)


鐘が鳴り止むのを待たされるこの時間。




むしろこのこと自体が煩悩以外の何物でもない…………。



結局あっくんにはお互い久しぶりーも何も言わず…
他人のふりみたいになってしまった。
その他大勢にやってるみたいにお菓子を配る彼と,その他大勢がやるみたいにお菓子を受け取る私。



思春期ならわかるけど,
我々いい年してさ………(-.-;)
やるせない……………
しかし顔が顔だし………(-.-;)



せめてこの妖怪が私だとは気付かないでいてもらいたい。なんとなく気付かれてた予感がしないでもないけど……………。



なぁんて思っていたら,
うちのじーちゃんがお坊さん(つまりあっくん父)に


「聖美がおりますがね~」


と余計な申告をしやがった!!(怒)おいっ!!




思わず光の射す方へ…ならぬ,暗闇がよどむ場所へ避難した。
お坊さんは暗闇で私を舐め回すように凝視して
『えー?!聖美ちゃん??小学校以来だから全くわからない~(´▽`*)』



と,本音ともフォローともつかぬお答え。。。。




思わず結構ホンキめに
見回されることを拒否してしまった。


感じ悪いね,私。




そんな最中に2007年を迎えた。
おめでとう。
日本中が盛り上がっている頃だろうか。



さて。
続きまして徒歩で別の寺へ向かう。


暗くひっそりとしすぎて,元旦じゃなけりゃこんな時間に歩いてられない。


よく祖父母に私が夜遅くまで仕事をしてることとか,夜中に運転してることをすごく心配して電話までかけてこられるが,田舎と街を一緒にすんなと改めて思った。。。。



次の寺でも鐘をつく。
その前に本堂でお参り。


「おっ。ちょうど100円玉があるから二人でこれでいいな~」



ってじいさんっっ!!!( ̄▽ ̄;)


おさい銭二人で1つかいっ!!(@▽@;)


額の問題か?



「…なんかケチってるみたいだし,タタでお参りしてるみたいで感じ悪いよ(-.-;) 5円とか10円ずつでいいから一人ずつにしようよ↓↓↓↓↓↓(-.-;)」


(ちびまる子風。)



そうして無事にお参りを済ませ,鐘をつき,お菓子を再びもらってご満悦。


近所の古ぼけたお宮さんにもお参りしてきた。



これで今年はバッチリ☆☆☆☆☆

と大変ご満足なおじいさん。



「まぁ来年の今頃はいないけんど!!」



-また言ってる!!
大丈夫だよ,なんとかは世にはばかるって言うじゃん。



-それなら尚更さっさと逝くわ(笑)



-何言ってんの!
だれよりもはばかっとるわどーせ。


そんな会話をしながら家路を辿る。



昔はこの日本昔話に出てきそうなひっそりとした村の夜が怖かった。



隣もその隣もご老人だらけ。
仏像がひっそりと立っていたりして,
幼いながら人間の,もはや悔い止めることのできない栄枯盛衰や寿命,死や老いを感じてしまう場所だった。


考えすぎて眠れなくなり
トイレも一人で行けなかった(笑)


すごいおじいちゃんっ子だったから,しょっちゅう遊びに来てたくせにね。


おせち料理も年寄り趣味だと,幼い頃は大嫌いだった。
和の装いである正月は,テレビもつまらないし,時間が流れるのが遅くて本当に嫌だった。
なにより,和風の雰囲気は淋しげで嫌い!!




それが今ではそこで寝正月だわ(笑)


あー快適だなお正月って。おせちはラクでヘルシーで美味しいな。
だらだらしてても文句は言われないし,朝からお酒が呑めるのよー


図太くなったな,私も。




この正月を,普段できないぐらいだらだらしてやることに命を賭けていて,
新年早々本をたくさん買ってきた。



そして食っちゃ寝して,本読んでテレビみて,まるで古代ローマ人のような生活をしつつ,今に至るわけである。



こんなだらしない生活して,後日しっぺ返しが来るに決まってるわー!
横に延びないわけがない生活ですからね。


無駄な抵抗で,補強用下着で体がたるむのをガッチリ抑えてみたけれど…
そんなんで防御できるのか???



ま。お正月過ぎたら考えるしかないわw



そんな今年の抱負は,
『外身も中身もいい女になること』です(笑)



では今年もよろしく☆☆


皆様にとって幸せな一年に!

そして世界中が事件,事故のない,笑顔溢れる一年になりますように☆☆☆☆

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